第4話 驚愕のデーター
マークは、胸が高鳴っていた。
今は難解な事件の謎を解き明かす時の探偵になったような気がしている。
「いや、まだ謎は解決してねえ。さあ、このやっかいな問題をどう料理するかだ」
そう自分に言い聞かせるように、歩きながら独り言を呟いた。
まずは、彼らが持ってきたデーターの信頼性を問う作業から開始する必要があった。マークのこの研究所における地位、職務は、代々の先輩からすると35歳という年齢がかなり若かった。
本人もうまくやらないと、自分自身が職場で『裸の王様』になる可能性がある事を十分覚悟していた。
現在、同僚が部下である事はもちろん、かつて先輩であった優れた科学者さえも、ここではいずれも部下となっていた。
そうであるが故、彼はここに配属された時から心がけている事があった。
研究や直接の業務に関して、決して口出ししまいと誓っていたのだ。
とにかく、ここではマネジメントする事に徹しよう。
成果の評価は必要だが、なるべく仕事の過程は各個人の自由に任せようと思っていた。
今回もこれまで通り、分析室にミッションを投げ分析と測量まで含めた調査を指示した。
ただ、いつもと違う事は、『大至急』の言葉をすべてにつけた。
しかも、数時間で答えを出すようにと。
マークは、分析室のドアを叩いた。
そこは、先ほどマークの指示したミッションが慌ただしく動き出していた。
分析室の解析班リーダー、サミー=ガブリエルは、マークのかつての同僚であった。彼の年でリーダーである事は決して遅い方ではなかったが、マークの方が突出していた。
「サミー、申し訳ない。今回、緊急事態と解釈してくれ。俺が全責任をとるので、他の業務を後回しにしてこちらを優先してくれないか?」
マークの依頼に、サミーは答えた。
「オーケー、マーク。いや、室長殿」
サミーは、おどけて敬礼してみせた。
それに対し、やれやれといった風でマークが言った。
「相変わらずだな、サミー。ただ、今回ちょっとやっかいなんだ。分析の結果、大事にならなければいいのだが・・・」
「そうか。あんたが、そこまで言うとはたぶん事はかなり深刻だな。なるべく、急ぐよ」
そういって、サミーはマークのいつもと違う雰囲気を感じ取りながら自分の部下に作業を命じ始めた。
暫くして、サミーの迅速な命令が功を奏し、ダニエルらの海洋調査における信頼性はほぼ実証された。
サミーは、部屋の隅に待機していたマークの元にいき結果を報告した。
「マーク、彼らのデーターと提唱については完璧だね。こっちは、地球の海洋なんてちっとも専門じゃないが、数字について裏が取れ、ほぼ間違いないと部下も言っている。潮汐の上昇について見ると、数値はまだそれほどでもないが確実に増えていっているね。何が原因なのだろう? 彼らが言うように、潮流の変異、温暖化、気圧の変化等々いろいろ考えてみたが思い当たる節がない。それとも、中国の公害だろうか? はたまた、新たなテロか?」
すると、マークは苦笑しながら答えた。
「なあ、気味が悪いだろう。このまま、増えていったら困るよな。この分だと、オランダ辺りの海に近い低い土地では、暫くすると影響が出てくるのではないか? まあ、一時的である事を祈るのだが。いずれにしろ、何が原因か知りたい。データーの分析を、申し訳ないが1時間単位で続けてくれ。ところで、彼らが言う月の変化について何かわかったかい?」
サミーは、申し訳なさそうに言った。
「4半期に一回、各地でこの研究所が月の測定を行っているのだが、それがここ1月前のデーターとその3ヶ月前のデーターを比べてみてもこれといった変化は見られない。で、各地区に設置してある測量所に頼んで、今簡単な調査を依頼している。詳細なデーターは時間がかかるが、基本データーはもう少しで報告できるはずだ」
エイムズ研究センターの過去の栄光は数々あるが、1961年に始まったアポロ計画でももちろん活躍していた。
アポロ計画は、結局17号の打ち上げ成功を以て1972年に終わった。
しかし、20号まで打ち上げは予定され、その後も月への関与をNASA自体続けている。
無人であった14号以降において、月の色々なデーター測量を行う機器を設置したのは、アメリカがその後も月に関心を持っていた事に他ならない。
そんな中、あまり知られていないが、計画当初からエイムズは重要なポストにいた。当時、計画に対する月に関する情報の英知はここに集められたといっても過言では無い。
正確な情報の数々があったからこそ、アポロ計画、特に13号の偉大な失敗を支える結果となった事は言うまでもない。
その遺産は、計画当初から今も脈々と受け継がれていた。
【西暦20××年4月4日16時11分】
サミーの部下であるランディー=ジョンソンは、癖毛のある茶髪をかきむしり頭を抱えていた。
上司から頼まれた、月の基本データーを報告すべきかどうか。
ランディーの性格は、研究畑にありがちな緻密な理路整然とした、科学的根拠が無いとどんな事象も納得しない所があった。
研究室にある鉢植えの花が枯れても、なぜ枯れたのか、それが妥当であったのか、生育に問題がなかったのか、そんな事を考える性格である。
だから、今、入手した月の基本データーに、どれだけ信頼性があるのか、何回も確認し確かめたその上で報告しようかしまいか迷っていた。
ランディーは、困った風で呟いた。
「デバイスの調子が悪いというしか、報告のしようがないな・・・ 困った」
大至急、しかも正確なデーターを欲している上司になんと説明して良いかわからない、そんなデーターであった。
「月が地球に近づいている? ランディー、なにかもっと他に気の利いた報告のしようがないのか!」
ランディーから報告を受けたサミーは、この優秀な部下に向かっていらいらしながら叫んだ。
「ガブリエル補佐官、申し訳ありません。この現象を説明するのに他に考えられることはデバイスの調子が悪いとしかいいようがありません。何度も確認したのですが、基本データーの中で、月と地球との距離が1ヶ月前のデーターと比較して数千キロの値で短くなっているのです」
サミーは、基本データーのチェックを行った。
そして、呟いた。
「確かに、距離以外他に特に変わった所はないな・・・」
地球と月の距離は、384,400kmである。
かつて、太陽系ができ月が地球から離れ現在の位置に納まってから現在まで、約1年間で3cmほど月は地球から遠ざかりつつある事がわかっている。
これは、太陽系ができた46億年前からの話である。
しかも、遠ざかっているのなら話はわかるが、近づいているとはどういう事か?
数センチではなく、たった1ヶ月足らずで数千キロという数字である。
「ありえない。ランディー、君らしくないぞ。もう少しデーターを詰めろ!」
しかし、ランディーはサミーに頭を下げ返事した。
「申し訳ありません、補佐官。私の性格は知っていると思いますが、自分で納得しない事象に対して結論は出せません。このデーターに関して、いくつもの地域でのデバイスで確認しました。多少の誤差はありますが、どのデバイスもほぼ同じ結果なのです。自分では、もうこのデーターについて納得がいく説明ができません。ほかの研究員にも見てもらいましたが、結果は同じでした」
サミーは、頭を振りながら言った。
「ランディー、それでは君は月が地球に向かって落ちてきているというのかい?」
ランディーは、すかさず答えた。
「このデーターから導き出される結論は、そうとしか言いようがありません」
「なぜだ!?」
サミーは、冗談ではないという風で頭をかきむしった。
何かが原因で、月の軌道が変わり地球に向かっているのか?
たとえ、そうだとしてもどのくらいの時間で落ちるのだ?
サミーは、なにか魔物に取り憑かれたように、頭の中が真っ白になっていった。
呆然としているサミーを見ながら、ランディーが諭した。
「補佐官、引き続き観測と分析を続けますが、よろしいですか?」
サミーはふと、我に返った。
そうだ、とにかくこの事態をマークに報告せねばならない。
ランディーに資料を揃えさせるのと同時に、今後、この現象がどのように推移していくのかチームを組んで分析するよう指示した。
約1時間後、資料の準備が何とか整ったので、部屋の隅で待機しているマークに事の説明をするため向かった。
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