第3話 解析
【西暦20××年4月4日9時00分】
次の日、ダニエルらは、最近買ったばかりのダウンサイジングターボ仕様のゴルフで予定していた午前10時より1時間も早くカリフォルニア州のサニーベルにあるエイムズ研究センターに着いた。
2人とも昨日から一睡もしておらず、目の下に大きな隈を作っていた。
センターの偉いさんを納得させるだけの資料と文章を、何としてでも作成しなければならなかったからだ。
結局、徹夜する事になったわけだが、不思議と彼らは眠くなかった。
祈る気持ちで恥も外聞も捨て、とにかく我々の疑問を解き明かしてくれと祈る気持ちで2人は受付を済ませた。
まるで麻薬患者を見るように、センターの警備員は彼らの身体チェックをはじめた。
「ダニエル=ビンセント34歳、チャーリー=イシハラ36歳、共に所属NASA海洋探査分析センター技術主任、間違いないですね?」
そう言うと、警備員は2人から預かった身分証をスキャナーに通した。
2人は、ゆっくり頷いた。
「ただ、室長との約束は10時となっており、1時間早いのですがね。ロビーでお待ちになりますか?」
警備員は、機械的に冷たい口調で言った。
「申し訳ない。室長がもし、この時間出勤されていてお目通りできるのであれば通してもらえないだろうか? 一刻も早く会いたいのだが」
ダニエルは、懇願した。
その態度を見て、警備員は何かを感じ取ったのかおもむろに電話の受話器を上げ連絡を取り始めた。
暫くすると、警備員の電話が鳴り許可が出たらしく部屋に来るよう2人は伝えられた。
「ありがとう、感謝します!」
そう言い残し、2人は案内されたマークの部屋へと向かった。
ダニエルは、『主席研究室長』と書かれたドアを叩いた。
「どうぞ」
中から声がしたので、少々緊張気味に彼らは部屋の中へと入った。
マークは、2人が部屋に入ってきた瞬間、彼らに対し悲壮感を感じた。
子供の頃からの悪い癖である、相手を見くびる、或いは格下に見る態度を社会からもそれ相当の立場を与えられている現在、常日頃から治さなければならないと彼自身必死に努力していた。
今日もそう考え、彼らに接しようと挨拶したがこの2人を見てすぐその悪き癖が態度に現れてしまいそうだった。
それだけ、この2人は不快ではないが、この世の不幸を一手に引き受けているような様相を一目見て感じずにいられなかったのである。
それをぐっとこらえ、マークは挨拶した。
「おはよう・・・ えーっと」
マークが戸惑うと、すかさずダニエルが答えた。
「すいません、室長。私は、NASA海洋探査分析センター技術主任ダニエル=ビンセントといいます。彼が、同じく技術主任のチャーリー=イシハラ」
そう言うと、それぞれマークに握手を求めた。
「早速、用件に入りましょうか。月に関する分析を依頼したいとの事でしたが」
マークは、もし自分に興味の持てない内容であれば、早々にお引き取り願おうと思い話を進めた。
マークのあからさまなその態度を気にもせず、ダニエルは恐縮しながら本題に入った。
「急な申し出をして申し訳ありません。また、話を聞いてもらえて光栄です。我々が求めている事は、実に簡単です。この研究所が持っている最近の月に関するデーターを教えてもらい、私達が持ってきたデーターと照らし合わせ、その結果を持って室長の意見を聞きたいと思って来ました」
まるで、学校の先生に向かって自分が見つけた大発見を、自慢げに披露する学生のような態度で話すダニエルだった。
チャーリーは、ダニエルが説明する間、自分らのデーターを見てもらうため資料の準備にかかった。
マークは、この2人が決して遊び半分でここに来たのでは無いと感じる一方、『月?』に関してはどうも解せなかった。
「失礼します」
室長の秘書が、3人に暖かいコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとう」
ダニエルは、まるで女神に水を請うかのような仕草をしてカップを貰いすすった。
彼らは、もう何時間も水分を取っていなかった。
チャーリーは、そのコーヒーに目もくれず準備を整え説明を始めた。
「室長、私の方から説明させて貰います。まず、このデーターをご覧下さい」
そう言ってチャーリーは、ここ数日間の40カ所以上ある世界各地の潮位データーをパソコン上のグラフに示した。
数値は、平均数センチの変異であったが、そのすべての地域で値に変化が起こっており、それが1週間という短い期間であるが確実に大きくなっていた。
マークは、この冒頭の彼らの話を聞くや少し、いやかなりがっかりした。
潮位に関しては、自然現象の中数十センチ単位で変わる事は多々あり、とりわけ問題にするものでも無かろうと思ったからである。
「それで、この事から何の分析が必要なんだい?」
マークのちょっと意地悪な質問にめげず、チャーリーは説明を続けた。
「確かに、これらのデーターは自然現象のちょっとした揺れと考えれば、ひょっとしたらたいした事ではないかもしれません。しかし、もしそう考えるのなら我々はここに来ていません。私も、最初ダニエルからこの話を聞いた時、たいして気にもしませんでした。しかし、今我々センターが持っているデーターとそれに対する解析を持ってしても、この変化は全く説明ができないのです」
そう言って、チャーリーは気圧の差、海流の変化、温暖化の影響等々のデーターを、次から次へとマークに説明していった。
マークは一通り説明を聞いた後、彼らに対する先ほどの気持ちは一変していた。
そしてその熱意は十分に伝わった。
「なるほど、説明はよくわかった。それじゃ、君らは何が原因だと考え、また、その分析で何を私に求めたいのかね?」
マークはそう言いながら、最初この相談を引き受けた時失敗したなと思ったが、今は少し聞いてみようという気になっている。
マークが、ちょっと態度を変えるや否や、ダニエルは矢継ぎ早に言葉を発した。
「室長、月です。我々2人は、昨日この分析を行い、結局、出た結論は月の潮汐が原因でないかと考えました。しかし、変化が大きくなってきているという事は、それこそ表面張力が増えてきている、すなわち、月の質量が大きくならない限りあり得ない事です。でも、それは実際あり得ない」
「確かに、あり得ないな」
マークは、おどけて見せた。
それに構わず、ダニエルは続けた。
「それで、月のここ1週間のデーターをこの研究所で調べてもらい、判断を仰ぎたいと思って相談しに来ました」
と言って、2人は黙り込んだ。
データーに目を通しながら、マークは言った。
「ダニエル、チャーリー、ごめん、今からファーストネームで呼ばせてくれ。話は、十分わかった。正直言って、少し調査する必要があるようだ。比較するデーターがあるか、分析室で確認しよう。もし無ければ、今から測量も考えるとする。ちょっと時間がかかるかもしれないな。私は、席を外すので、それまでここでゆっくりしていてくれ」
マークは、時計に目をかけた。
9時から始めた説明だったが、もう12時を回っている。
なんと、時間の早い事か。
幼い頃、ゲームに夢中になった時を思い出した。
「お昼を一緒にしたい所だが、分析指示を至急出したいので先に済ませておいてくれ。今日は、僕のおごりだよ。デリバリーになるけど、隣の秘書にメニューを持たせるよう声をかけとくよ。なにか、わかったらすぐ連絡しよう」
そう言って、マークは部屋から出て行った。
ダニエルとチャーリーは、大きな仕事を果たした後の達成感と同時に倦怠感が襲ってきた。
2人とも、近くにあった大きめのソファーに腰を下ろした。
ほぼ2日間、一睡もしていなかった。
ダニエルもチャーリーも、言葉を交わす事無く、また、用意されたコーヒーを飲む間も無く、座ったとたん泥のように眠り始めた。
暫くすると、秘書が2人の昼食オーダーを取りに部屋へと入ってきた。
だが、少々声をかけても2人とも起きる気配すらなかった。
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