第2話 NASAの憂鬱

・ありえないデーター(西暦20××年4月1日~4日)

【西暦20××年4月1日10時13分】

 NASA(アメリカ航空宇宙局)の海洋探査分析センター技術主任であるダニエル=ビンセントは、この日非番であった。

彼の仕事は、主に海洋における大気汚染の進み具合を数値化する単純作業であり、実に地味である。

その為、本人はずっとこの仕事が続くならばいずれトラバーユしようと考えていた。

とにかく、彼にとって今の仕事はつまらないのである。

もっとクリエイティブな仕事をさせてもらえると思ったからこそNASAに就職したのに、現実はそう甘くなかった。

もう、かれこれこの仕事について10年になる彼は、今でも思う。

こんな事だったらNOAA(米海洋大気局)に就職した方がよかったと。


 だが、ここ2日間彼の目は輝いていた。

というか、焦っていたという方が当たっている。

こんな事が本当にあっていいのだろうか? 

そんなデーターが目の前にあったからだ。

彼が専門としている分析は、温暖化の進み具合をどの地域で、潮位が年間数センチ程度上下した、そんな変化を見る調査である。

そして、それをこつこつとまめに報告する事だけだったのだ、ほんの数日前まで。

しかし、ある一つのデーターが突出し大きな変化を見せ始めている事に気づいてから、彼の仕事は急に慌ただしくなった。

その変化とは、潮汐の動きである。

まず、この長い地球の歴史の中でおそらく殆ど変化しないと思われるデーターが、今微妙に変化を始めていた。

しかも、信じられない速度である。

ダニエルは、はじめ各地に設置されている機器の故障かと思った。

しかし、何十カ所も設置してあるグローバルな機械が一度に全て壊れる事などありえない。

では、情報を送ってくるネットワークの障害なのか? 

彼は一時そう思ったが、それぞれの機器からは潮汐だけでなく他の例えば海洋水の組成割合等も送信されてきていた。

潮汐以外のデーターは、いつも通り変化なく故障は考えにくかったのだ。

「機器の障害で無ければ、単純な自然現象の誤差か。とにかく、何が原因か調査する必要があるな」

この時点ではダニエルにとって、変化しないだろうというデーターが多少変化したという事であって、つまらない仕事が少しおもしろくなってきたなという程度であった。

「これも、地球温暖化が原因なのかなあ? 地球の長い歴史の中で、磁気が入れ替わった大きなイベントがあった事もある。まさか、そんな事がこれから起こるのかしら? まさかな・・・」

しかし、ここ2日間調査した結果、どう考えても通常の気象現象では説明がつかない。

また、現代における科学者はダニエルが知る限り、過去、潮汐について大きなイベントがあったなどと語った者などいなかった。

彼は、この現象の解析を多少時間がかかっても自らで解決できると当初思っていた。しかし、その甲斐なく解析は遅々として進まなかった。


 それから丸1日経ち、変異の方だけは少しずつであるがほぼ倍々ゲームのように増えていった。

そこで、今日出勤していた同僚のチャーリー=イシハラに解析の助けを求める事にした。

彼も技術員であるが、ダニエルより少し年上で経験も長かった。

やはり職場で同じ調査を任されていたが、担当の調査項目が違い、チャーリーはどちらかというと海洋生物、そしてその生態系方面の分析を任されている。


「チャーリー。実は、ぶしつけで申し訳ないのだが、どうしても君に見て欲しいものがあるんだ」

そう言うとダニエルは、おもむろにノートパソコンをチャーリーに向け今までまとめた資料を見せた。

「どうした? 今日、君非番じゃないか。このつまらない職場で、定期的に休みを取らないとおかしくなっちゃうぜ」

そう言いつつチャーリーは、ダニエルのデーターに目を通し顔を曇らせていった。

「なんだ、これ。デバイスの故障か?」

「それは、何度も確認済みだ。そのため君に見てもらっている」

そう言いつつダニエルは、自分が調べたありったけの資料を見せ説明を始めた。

それに暫く耳を傾け、そしてチャーリーは考えた。

彼が真剣に考えるとき、静かに目を閉じお祈りの格好をする。

暫くすると、首を振りながらおもむろにしゃべり始めた。

「このデーターを見ると、地球上の気象現象では原因が説明できない???・・・ まてよ、潮汐ってなんで起こる?」

ダニエルは、ふと考え言った。

「まあ、太陽も関係しているけど主に月の動きによって起こるよな・・・!!! えっ、まさか月が関係しているのか? そんな馬鹿な!」

2人は半信半疑ながら、もう一度資料の確認を始めた。

端から見ると今の彼らの行動はがむしゃらという言葉がぴったりだった。

その後2人とも一言も喋らず、資料だけを凝視している。

今まで、答えが見つからずなんとなくもやもやして路頭に迷っていた所、『月』というキーワードが与えられた。

そして、彼らは知りうる知識で、今抱えている問題の答えを捜し始めた。

「チャーリー、これはもう俺らの手に負えないのでは?」

ダニエルの言葉に、チャーリーも頷くしかなかった。

彼らの答えは、なにやら漠然と出ていた。

この、一連の現象は、月が関係している事自体明らかだった。

しかし、なぜ月なのかがわからなかった。

チャーリーが、疲れた口調で言った。

「ダニエル、ここは一つ気が進まないが、あいつらに解析してもらうしかないか」

「ああ、そうだな。借りを作るのは嫌だが」

ダニエルは、頭を掻きながらそうチャーリーに答えた。


【西暦20××年4月3日15時45分】

 ダニエルが所属する部門は、規模も小さくいわばNASAの中ではお荷物だった。実際、言われている訳では無かったが、端からはそう見えた。

アメリカには、NASAの他部門に海洋を専門にしているNOAAがあった。

なので、特に秘密部門を抱える事もなく、又、特殊性が無いためダニエル達が行っているデーター解析をNASAは大学なりの他機関に委託する事も可能だった。

ただ、上層部のどこかでデーターの信頼性を他に任せる事ができないと判断したらしく、業務はダニエル達が直近で行っていた。

そんな風に思われても仕方ない部門なので、他部署から何かと風当たりが強く、仕事を依頼される事はあってもダニエル側から依頼するなんてよっぽどの事がなければ無かった。

また、あったとしても嫌がられる存在であった。

常日頃から肩身の狭い思いをしていたダニエルらだったが、今はもうそんな立場を考えている余裕はなかった。

2人ともこの現象が、何か悪い事が起こる前触れのような気がしてならない。

ダニエルらは、この日、カリフォルニア州サニーベルにあるNASAエイムズ研究センターにアポを取り、なんとかこの話を聞いてもらう事になった。


・エイムズ研究センター

 マーク=アンダーソンは、マサチューセッツ工科大宇宙物理学を専攻、主席で卒業しNASAへ就職した。

その後10年以上の間実績を数々積み上げ、エイムズ研究センターへ去年主席研究室長として配属された。

年々、NASAの国家予算が縮小される中、エイムズ研究センターも多分に漏れずそのあおりを受けていた。

マークは、センターにとって国家が注目するようなプロジェクトを開発し、予算を獲得するために配属されたホープとして自他ともに認める存在であった。

 アメリカは、周知の通り近年宇宙開発において目覚ましい発展を遂げ、他国家と連携し輝かしい実績を積み上げてきた。

しかし、宇宙開発に係る予算は縮小傾向にあり、どちらかというと基礎研究機関としての立場をとるエイムズは華々しい過去の栄光はあるものの、それが規模縮小を止める歯止めとはならず年々予算は尻すぼみ状態にある。

マークは、悩んでいた。

「なにか、あっと驚く新しい発想は無いのかねえ・・・」

そんな中、NASAの海洋探査分析センターから解析について相談に乗って欲しいとの連絡が入った。

「あの、お荷物部門から?・・・ 奴さん達、立場はおわかりのはずだから、仕事上依頼なんて無いはずだがなあ」

普段ならマークの性格上、無駄な事は一切しない合理的な所があったので、アポがあっても門前払いしている所だった。

しかし、今回はちょっと気になる所がありすんなり受けた。

「普通なら、もっと上を動かしてアポを取る所じゃないのか。俺が甘く見られているのか、それかよっぽどせっぱ詰まっている事情があるかだ」

それにしても、海を専門にしている所からここに相談したいという申し入れに少し興味が沸いた。

というか、なにか今のいき詰まった状況を打破するために、何でもいいからアイディアが欲しという思いが強く今回会おうという気になったのかもしれない。

しかし、マークにとってこの依頼を受けたことが、その後恐ろしい真実を人類の中で一番に知る事、そして、安易に相談を受けてしまった自分自信を恨む事になろうとはこのとき想像すらしなかった。



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