第5話 2月16日

あの日は罪悪感と復讐心と謎の快感と優越感で頭の中はごちゃごちゃだった。

覚えているようで覚えていなくて、思い出せそうで思い出したくない。

ただ確実にわかることは、僕は最低だということだ。

終わりが見えてくる頃だろう。

それでも僕の最初で最後の悪足掻きを最後までみてもらいたい。


部のマネージャーの中村は少し早めに待ち合わせ場所にいた。

「おまたせ。待たせちゃってごめんね」

静かに微笑み、なるべく明るい声で話しかける。

「大丈夫だよー。今来たところだしー。」

中村は学校では有名な男遊びが激しい女子だった。誰彼構わず誘われれば遊びに行くし、その先も何人もとしたことがあると噂が流れている。

実際はどうか知らないが。

「貴方から誘ってくるの、初めてだねっ」

あざとい表情でこちらを見上げてくる。

なるほど、こういう顔をすると男は落ちるのか。

「前から気になってたんだよね、中村のこと。」

まあ嘘ではない。中村はマネージャーとしては真面目だし、悪い印象を受けたことがないのにこんな噂が流れている。噂の真相を知りたいとは前から思っていたからだ。

「…ふーん。」

少しの沈黙の後、つまらないといった感じで中村は顔を逸らした。何人もの男から同じことを言われ続けて飽きたのだろうか。

「私さ、貴方のことなーんも知らないんだよねー。」

僕は一瞬何を言われたのか理解できなかった。仮にも僕は選手だぞ?そして中村はマネージャーだ。知らないとはなんなんだ。

「貴方、影薄いし、女に興味無さそうだし、私も興味なかったし、気にしたことないんだよねー」

ひ、ひどい言われっぷりだ。

僕は俯いてしまった。何も言い返せない。

「まあ、いい機会だから、貴方のこと、教えてよ。」

ふと顔を上げると目の前に中村の顔があった。

「今日は二人きりでしょ?」

中村は至近距離で頬を赤らめながら囁く。

また僕は冷めた気持ちでこうやって男を喜ばせるんだなと呑気に考えていた。


デートの内容は至って普通だった。

ウィンドウショッピングを軽くして食事をする。ただそれだけ。

中村との会話はたわいも無いことしかなく覚えていない。

ただ1つ覚えているのは中村はそこまで汚い奴ではないという事だ。

確かにあざとい仕草が多い中村だが、話をするうちに断れない性格なのだろうということはわかった。

僕が誘っても断らなかったのはそういうことだろう。

僕達はファミレスに入った。


適当に注文を済ませ、中村との会話を再開させる。店員に対しても上目遣いと笑顔を欠かさない中村は本当に明るいあざとい女だと思った。

「あのさ」

中村が声をかけてきた。表情を伺うとなんだか曇っているように見えた。さっきまでのあざとさは見えなかった。

「私、そんなにビッチに見える…かな」

直球且つ突然だった。飲み物を飲んでいる時でなくてよかった。飲んでいたら吹き出していただろう。

「いや、今日過ごしてそんな風には思わなかったよ。」

素直な感想を述べる。中村の顔はまだ曇っていた。

「いきなり、どうして?」

逆に僕が質問する。なぜ突然その事を持ち出したのか。なぜ何も知らなかった僕にそのことを相談してきたのか。僕には理解できなかったからだ。

「なんていうか…なんか…あることないことたくさん噂されてて…」

なるほど。気にしていたのか。

「それと、貴方なら、私を女として見ないと思って、聞いてみた。」

…なるほど。中村はなかなか察しがいいらしい。今日1日中村とすごしたが僕の心が揺らぐことは無かった。僕が中村と過ごしていて感じたのは「君」への優越感だけだった。

「僕もその噂は少し聞いたことがあるけど、今日過ごして嘘だってハッキリとわかったよ。きっとわかってくれる人達が増えていくさ。」

平凡な答えを返してしまった。自分でもなんだか恥ずかしい。

「ありがとう…」

中村の方の机は濡れていた。泣いている。中村が泣き出してしまった。

僕は取り乱したのだろうか。

なぜこんな行動を取ったのかわからない。

僕は中村の頭を撫でていた。

「大丈夫だよ。」

優しく声をかけていた。

中村は泣き続ける。僕は頭を撫でるのを止めなかった。止められなかった。


ガタタッッッ!!!!!!!!


店内で大きな音がした。何かが崩れ落ちるような、机に膝をぶつけたような、なんだかそんな音だった。

反射的にそちらを見る。


僕の心臓が止まった。


君がこちらを見ていた。

おそらく君は僕らに気づいて思いっきり立ち上がったのだろう。

君の目は怒りと悲しみに満ちていた。

冷や汗が止まらない。僕は動けなくなっていた。

君は何も言わずに走り出し、店を飛び出した。


後を追うことはできなかった。


中村は不思議そうな顔でこちらを見ている。

「今のって…」

中村が最後まで言い切る前に僕は告げた。

「ごめん、帰る。今日はありがとう。また明日、学校で。」

自分の分のお金を机の上に置き、逃げるように中村の目の前から去った。

中村は追ってこなかった。

店の外に出て左右を見たが君はもう居なかった。

僕の体から血の気が引いている。

復讐心と優越感に浸っていたのが嘘のように、今は罪悪感と焦りが心を支配していた。


君は泣いていただろうか。

君の向日葵は枯れてしまったのだろうか。

君は今、何を思っているのだろうか。


君を裏切った僕。

泣いている中村を突然見捨てた僕。


僕は、最低だ。

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向日葵と太陽と月と 山田。 @YAMADA_puniko

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