第2話 2月9日

晴れて付き合うことになった僕と君。

僕の気持ちは浮ついていた。

そう、まるで風船のように。

ふわふわと宙に浮いている気分だった。

裏をかけば風船は少しの刺激で割れる。

あの頃の僕はまさに風船と言っていいかもしれない。

少しずつ膨らむ僕の気持ちは破裂の道へ一直線だったのだろうか。

今となってはわからない。

しかしまだ若かった僕は付き合ったという事実だけで十分であった。さらに言えば両思いだけでも良かった。

朝起きれば告白した夜のことを自然と思い出し、喜びに浸っていた。


朝、いつものように君の家の前で待つ。

いざ付き合うことにはなったが、普段から登下校は一緒なのであまり生活に変わりはないかもしれない。

そもそも付き合うとは何なのだろう。

初めて恋をし、初めて付き合うのである。恋愛の流れなど教わった訳では無いのだし、わかるわけない。

ガチャと軽い音を立ててドアが開いた。

「あ。」

彼女は少し驚いた顔をしてドアを開けきる前に一瞬止まった。

気の所為だろうか、少し頬が赤い気がする。

「おはよう。」

いつもより声が高いだろうか、僕は声をかけた。

君は伏し目がちに口をとがらせて

「お、おはよう…。」

と小さく応えた。

見るからに照れている。その照れ顔も僕は初めて見るのだから、心臓はバクバク鳴りっぱなしだった。

しかし昨日とは異なり、この早い鼓動が何故か心地よかった。

僕は車道側を歩き、君は歩道側を歩く。

普段からなんとなくこう歩いていたけれど、今日は使命感があった。

「彼氏」というのは「彼女」を守らなくてはいけない。

必要以上に車に注意したが、田舎なのでそんな危ない車などいるはずもなく、結局僕は神経を無駄にすり減らしただけになってしまった。

そんな僕を知ってか知らずか、君は昨日よりも楽しそうに笑っていた。

僕もなんだか楽しかった。

学校につくとお互い気まずくなった。学校の人達に隠したい訳では無いが、もし知られてしまったら性格の悪い奴らや、こういった恋愛ものが好きな女子たちが騒ぎ立てるのは目に見えている。僕はそれが嫌だった。

きっとそれは君もだったのだろう。学校につくと早々にクラスの女子を見つけて行ってしまった。

「本当に仲良いよね」

と野次を飛ばされていたような気がするが、その女子は僕達が本当に付き合っていることには気づいていないだろう。

僕も下駄箱に靴を閉まって、ちょうどいいタイミングで登校してきたクラスの男子に挨拶をして教室へ向かった。

教室にいる間は僕と君はほとんど言葉を交わさない。お互いにほかの友達と喋っている。そしてお互いに付き合っていることをまだ友達には言えずにいた。

いつもと変わらない一日が過ぎた。

何か変わったことといえば、授業中や休み時間に君と目が合う回数が増えたことぐらいだろうか。

目が合う度に君は頬を染めてバツが悪そうに目を背ける。少し口元がモゴモゴしているのがまた愛おしかった。

今まで見た事のない君の表情を僕は飽きもせず永遠に眺めていられるだろうと、誰にも威張れない自信を抱いた。

コロコロと変わる表情が、全て僕に向けられているのだと思うと、心臓が跳ね上がり、頭に血が上り、全身が熱くなり、なんだかおかしくなりそうだった。

君の全ては僕のもの。

僕は独占欲の塊になっていた。

君の可愛らしい表情、声、仕草、体、気持ち、それら全てを僕に向けて欲しかった。

いや、向いていると確信していた。

しかしその醜い気持ちに僕は気づけなかった。


この気持ちが「愛」なのだ。


僕はしばらく醜い勘違いをすることになる。

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