第9話 私たちはクリーム・ソーダ

「優子、最近石川さんとか三月くんとか、変わったメンバと仲良くない?まさか本気でバンドやる気なの?」

「まさか。単なる遊びだよ。なんかバンドやるって張り紙したらあんな2人がきてさ、びっくりしたよ」

 お弁当を広げて世間話をしていた。私は自分の本音を人に言うことが苦手だ。心にある熱いものを伝えると、人は引いていく。そう、明日香さんと悟くんたち以外の人たちは。レモン・スカッシュを目指したい。そう思っていることは事実だけど、普段適当におしゃべりをする子たちにその胸の内を伝えることは難しかった。だからごまかしてしまった。

 青春をしたい。ポップなバンドをしたい。そう思っていることを言って笑われるのが怖かった。

 ふとドアを見ると、明日香さんが不機嫌そうにこちらをにらんで、出て行った。

「待って」

 ずんずん先を歩いて行く明日香さんの背中からは、怒りのオーラが果てしなく漂っていた。止まったのは音楽室。悟くんが中にいた。

「ちょうどよかった。明日香ちゃんに優子ちゃんを呼びに行ってもらってたとこだよ。詩ができたから」

ジャーン

 いきなりシンバルを叩いて、明日香さんの動きが止まった。思わず耳をふさぐ。

「こいつ自分がやりたいことも人に言えないんだぜ。あんなにしたいことがあるくせに」

 てっきり明日香さんと悟くんをちゃかしたことを怒っているのかと思ったら、私が自分の考えていることを人に言えなかったことが原因だったらしい。明日香さんって、意外と考えているんだな。

「ごめんなさい。私は明日香さんみたいに強くなくて。自分の毎日を楽しくするためにがんばっていること、人に言えないんだ」

「まあ、確かに本気でがんばっていることを人に話すのって勇気がいるよね。ちゃかされたりするし」

 悟くんもかばってくれて、明日香さんは鼻をならした。でもさっきほどは怒っていないみたい。

「おまえも変われよな。いつまでもいい子ちゃんだとつかれんだろ」

ーいい子ちゃん。先生や親、友達の前にいる私は、勉強をがんばって、それなりの大学に行く努力をしていてーでも、やりたいことが見つからなくて。やっとやりたいことが見つかったのが、このクリーム・ソーダ。レモン・スカッシュに対抗したバンド名。やっぱり、人に認められたい。みんなに言いたい。私、輝いてる、楽しんでる。明日香さんと悟くんと、3人でバンドを成功させること。

 私は明日香さんに謝った。

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