異世界五輪

 2008年大阪でのオリンピックは異様なものだった。各国がボイコットする中で日本人がメダルを総ざらいした。各国のボイコットの理由は、昨年施行された新法による政府の弾圧らしい。だけれど、その弾圧は反社会的な組織の取り締まりの一貫に過ぎないらしい。本当のことは分からない。新聞を読んでも辻褄が合わないことが多くてよく分からない。とりあえず、私は今日も平和に生きている。世界は私を傷つけない。きっと世界は全て美しいのだ。いつもの食パン、いつものマーガリン。いつもの朝食。


 私は大卒で飲料メーカーに入ってもうすぐ30年になるらしい。私は若い頃の記憶がないし、身寄りもない。それでもうまくやっている私は自分に金メダルを上げたい。今年は三大会ぶりに日本で夏季五輪が開かれるらしい。「1940を取り戻す。2020東京大会。」、スローガンの意味は分からない。スローガンは私にきっと関係がない。だけれど、12年前に選ばなかった五輪観戦の再チャレンジならば、私にとってきっと意味がある筈。確かめるためにネットを検索する。格安で五輪観戦をする方法がきっとある筈だ。大きな枝垂れ桜があしらわれたblogが目に留まった。何故だか心が惹かれる。画像検索すると詳しい情報が見つかる。知る人ぞ知る名勝らしいが、最寄り駅から電車一本で行ける。そもそも私はスポーツに興味がなかった。枝垂れ桜を間近で見るのに特別なチケットは要らないから、浮いたお金で少し贅沢ができる。運命的な僥倖かもしれない。


 初めて見る少し古ぼけた電車。田んぼだらけの車窓。もうすぐ田植え。見覚えのある無人駅。


 目的の枝垂れ桜はベランダで世話をしている盆栽にそっくりだった。風が吹いている。そういえば、あの雲は私のお気に入りのシャツのよく似ている。空に境界を描く飛行機雲も。あの電車は盆栽の中の世界に繋がっていたのかもしれない。久しぶりに飲んだ本物のビールで気持ちよく酔っ払ってしまったようだ。風が私と垂れる満開の枝に纏わりつく。帰りの電車でもう一本開ける。遠くで雷が鳴る。がらんごろん。堪らなく眠くなってきた。がらんごろん。


「夢は終わり。おやすみなさい。良い夢を。」

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