不幸のゲージ

 登下校時には小説を読むことにしている。

 今、読み終えた話は悲しいものだった。私が主人公ならこの結末を回避できたであろうか?きっと私でも同じようなデッドエンドを迎えることになる。私が大好きなあのハッピーエンドの物語のような奇跡の伏線が自分の人生にはあるだろうか。憂鬱な気分だ。


 今日の電車には親に抱かれた赤ん坊が乗っている。この電車で赤ん坊を見るのはおそらく初めてだ。あの赤子の人生にはまだきっと奇跡の伏線が用意されている筈だ。それともあの子は何の奇跡もない世界の文脈に生まれてきたのだろうか?隣国への憎悪が溢れた広告がいつものように揺れている。ガタンゴトンとレールが音を立てている。ターミナルでいつもと違う乗換えをすれば、全く別の電車に乗れるだろうか?間違いなくそこでも同じ広告が揺れている。そして、そこには幸福を予感させる親子もきっと乗っていない。同じようにガタンゴトンとレールが音を立てるだろう。


 耳を塞ぐために音楽が聞きたい。スマホの画面にはデッドエンドの伏線のような広告が表示される。もう音楽さえも悲劇の伏線。ガタンゴトン。再び車内に目をやる。あれは親でなく実は誘拐犯かも知れない。私は乗ってはいけない電車に乗って、辿り付いてはいけない場所に向かっているのでなかろうか?


 車窓には稲刈りが終わった田んぼが広がる。冬の間、田んぼはどうされるのだろう?昔、授業で習った筈だ。でも思い出せない。私は何か必要なことを人生で学んでいないのかもしれない。でもどうすればそれを知ることが出来るのだろう。


 電車は街に入った。深い緑に彩られた大きな看板が目に入る。あれが希望なのだろうか。車内広告の揺れ方を見ていると全くそんな風には思えない。ガタンゴトン。赤ん坊はもう電車にいない。既に誘拐犯に殺されているのかもしれない。ガタンゴトン。電車はターミナルにもう近くなったのに、地元の田舎と同じくらいしか人の姿はない。ガタンゴトン。ターミナルで乗り換えることができるか不安になる。私に必要な電車は来ないのかもしれない。ガタンゴトン。乗換のためには、もうすぐ立ち上がらなければいけない。ガタンゴトン。録音されたアナウンスが定期券に記された駅名を告げた。扉が開く。だけれど、どれだけ眼を見開いてもどれだけ世界を見渡してもここにはデッドエンドの啓示しかなかった。ガタンゴトン。

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