第6話 行列

 寒いのは事実だが、まだまだ冬と言うには秋に近すぎるような気がしていた。時々、冬に近づけない風が押し戻されて大学の中に吹き込んでくる。そんな季節であった。しかし肌寒さを感じ、格好はすでに冬仕様である。

 彼は相変わらず同じ調子で大学内に存在していた。大学祭の準備もどんどん進んでいるようだったが、僕の役割は何もなかった。彼もまた同じで、お祭り騒ぎには何ら関係のない僕たちは、のんきに生活をしていた。

「あのさ、この前のミスターコン、その後どうなっているか知ってる?」

 彼の言葉は意外だった。

「何も知らないよ」

 僕がさっぱり興味を持っていなかったミスターコンの事を、彼は宿題をこなすかのようにきちんと自身で消化していた。

「ツイッターで投票するんだって。今朝、中間発表されててさ」

「へえ、そうなんだ」

「見てない?」

「見てないよ、全然」

「君はのんきな人だな」

「君には負けると思ってるけど」

「これ見て」

 彼が手慣れた様子でスマホを操り見せてくれたのは、大学祭実行委員のツイッターだった。そこには、エントリーされたミスターコンの面子がずらりと十名ほど並び、それぞれの順位が記載されていた。

「どう? 予想通り?」

 彼が言った。

「まさか、馬鹿らしい」

 僕の名前の横に一位の文字があった。そして、彼の名前の横には二位の文字があった。

「馬鹿らしい?」

「そうじゃない?」

「僕はそう思わないよ」

「なんで?」

「だって、君が一位って当然だよ。ちゃんと結果が出てる」

 彼の僕に対する評価があまりにも高かったので驚いた。

「君だって二位じゃないか」

「それは意外だよな」

「そんな事ないよ、君こそ、とても……」

 と言いかけてやめた。

「何?」

「いや、いいよ」

「言いかけてやめるのか? 正直に言えよ。気になるだろう?」

「君は、とても美しいから、当然さ」

 彼はいつもの物憂げな顔をして僕を見た。

「ずっと言われてたよ、小学校の頃からさ、綺麗とか、女の子みたいとか。それがすごく嫌で。年に一度のイベントとかがあるでしょ、その度に行列ができるんだよ。今なら笑える話だけど」

 前髪を瞳に隠したまま言った。

「行列…?」

「バレンタインとか誕生日とかさ、家の前にね、女の子の行列が出来るんだよ。君はそんな事なかった?」

「ないよ、そんなの」

「僕は田舎育ちでさ、住んでいる人たち皆、これといった楽しみなんてない場所なんだ。だから行列もできるんだよ。きっとね」

「田舎とか関係ある? それだけ君に魅力があっただけだろ」

 僕のセリフに彼は答えなかった。

「行列してる女の子たちを部屋の窓からそっと覗いていたんだけど、知った顔なんて一人も居ないんだ。どこから来たのか分からない人ばかりさ。皆、僕の事なんて、何も知らないに決まってる。なのに並んでるんだよ、怖くない?」

「そう言われると怖いけど、だからってさ、頭ごなしに否定しなくてもいいじゃないか」

「君は平和主義なのか?」

「まあそう思われても仕方がないけど」

 腹の中で、実はひどいことを思っているのかもしれないと、自分を疑ってしまうようなことが時々ある。彼と話していると、自分の全てを見透かされているようで怖いのだ。まるで、複写機でコピーされ貼り付けられたような気持ちになって、彼の行動が自分の行動のように感じたりもするのである。そのくらい、彼の苦悩と僕の根本にある惨めなこだわりは似ているのだ。

 平和主義、まさにその通りである。僕は、そう、四角い建物にかたどられ、身動きのできない縦割りの一部分に属していて、年齢の一つも誤魔化せない馬鹿らしい決まりの中で、声も上げず大人しく納まっているのである。一生そうかもしれないと感じ始めていた。

「それと似ているだろ、ミスターコン」

 彼が言った。

「確かに似ているかも」

「僕たちの事を、何も知らない人達が、ただの興味本位で、いや、興味すらないかもしれないけど、暇つぶしで投票してさ、結果が出るんだ。意味があるのかって思うけど」

「でも、僕は君のように深くは考えないよ。それこそ、ただのイベントでいいんじゃない? イベントに行列はつきものだしさ」

「確かにその通り。君が一位だよ、きっと」

「まあ、楽しもうよ」

「嫌だよ」

「僕も嫌だけどさ」

「だろ?」

「ああ」

 心で感じて表面に出せる部分と、どう頑張っても出せない部分は、通常の人間の中になら必ず存在する感覚である。その出せない部分を、僕たちは共有していた。だからこの矛盾しているような会話も普通に流れ、僕たちの間には違和感などなかった。

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