第2話 あかり

職場の最寄り駅に着き、通勤や通学でごった返す中、エスカレーターの右側を慎重に歩き、改札を出た。


朝の光はより一層広範囲に届き、眩しいくらい。アーケードに入り、少しでも日焼けを回避しようとした。それでもガラス天井から筒抜ける光。爽やかな朝を演出し、足取りはさらに軽くなった。


1番栄えている交差点で、信号が変わるのを待った。この時間はドラッグストアの品出しに合わせ、卸のトラックが路肩に止められ、若干見通しが悪い。


しばらくすると車用の信号が黄色に変わり、周りの人たちが横断歩道を渡り始めた。私もそれに倣い、まっすぐ歩き出した。もう少しで渡りきるという時に、左側の道から曲がってきた人が目に入った。


そう、「あの人」だ。私よりワンテンポ早く一本道に入り、今5〜6歩先を歩いている。


江藤さん。私より4つ年上で、今年他の会社から転職してきた。同じチームではないが、席は近い。また、時々短期的な業務だと同じ班になることがある。


私が平均身長より小さいからということもあるが、173センチあると聞いたことがある彼は、近くに寄ると確かに多少の威圧感がある。運動が趣味の一つで、鍛えられた足と腕は細いが引き締まり、夏が始まるのと同時に、肌はどんどん黒くなった。


全体的に細い線で象られた顔は、切長の目に日本人とは思えないくらいすっとした高い鼻、薄めの唇、笑うと1本1本が長めで綺麗に並んだ歯が覗く。普段は引き締まった表情が多いが、時折笑うと目元は和らぎ、形良く口角が上がる。特に少し茶色がかった目は、ずっと見ていたいと思わされる。


詳しい性格や私生活は分からないが、鞄からペンケースまで同じテイストの皮革製品で揃え、高級そうなボールペンで力強くも美しい字を書いているあたり、だらしなさは感じない。


自他共に認めるストイックな性格からしても、きっと家でも怠慢な生活は送ってないだろうと想像できる。しかし、これは推測。人は見た目では判断しきれない。


特に彼との間に何かが起こったわけではない。むしろ彼が入社した時の印象は皆無で、話さなくてはいけない時も、「私にはあまり関係ない人」であり、対応がそれなりに雑になってしまった可能性さえある。


急に来たのだ。今まで同じ空間に彼がいるかどうかさえ気にしたことはなく、いつ来ていつ帰ったかさえ知らなかった。ぽっといきなり私の中に「彼」は住み着いた。行動が気になり、彼がいつ来ていつ帰るのか、何を食べ、誰と仲良くしているのか。


自分がまるで別人になったかのように彼の声を雑踏の中から聞き分け、時にはキーボードを打つ指が止まる。仕事に支障はない、と言うのは少し嘘かもしれない。


時に彼から話しかけられれば冷静さを失い、会話のない日は落胆して帰宅する。日を追うごとに病魔のように私を巣食う。


そう、「急に」来たのではないのだ。私の知らないところから、いつのまにか、じわじわと。ただつい最近、その触手が表面まで焼き焦がし、ようやく気付いただけなのだ。


まだこの感情をどんなものか判別できない。好きなのか、気まぐれなのか、はたまた畏怖なのか。


入口で彼に追いついた。


「おはようございます。」


私はワントーン明るく挨拶した。彼は笑うことなく淡々と、いつもの調子で返事をした。


そう、今の私にはこの冷淡さが悲しいが嬉しい。もし甘い言葉をかけられ、気にかけられるようにでもなれば、後戻りは出来ない。友達以上恋人未満が1番楽しいというが、まだそこにも当分達さない。


それでいい。変化は嫌いだ。

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