アシェンプテルの夜
みなづきあまね
第1話 うねり
世の中には、予測不能なことが沢山ある。感情や直感で生きている人には、それが時には大きなうねりとなって押し寄せ、人並み以上の感動や喜びになる。もちろん、絶望的な悲しみの場合もある。
一方で理知的で、計算高く、全てを予測して生きたい人には、予測不能なことはただの厄介だ。いくら頭脳を働かせても、ことごとく予測は外れ、イライラを誘発するだけだ。
恋愛においても、この法則はきっと当てはまるだろう。世の中にいる誰一人として同じ恋愛はしないだろうが、ある過程で感じるものは、ある程度類似しているのかもしれない。
・・・はっ、と現実に引き戻された。出勤2分前のアラームが鳴った。私のアラームではなく、隣の部屋で寝ている彼のだ。和樹と同棲し、1年が経つ。喧嘩もせず、常に私に優しく、穏やかな生活を送っている。
同年代の男子よりも控えめで、決して馬鹿笑いや女性を見下したりはしない。たまに物足りなさを感じるが、それは性的な意味などではなく、平和なうちに少し刺激が欲しくなる、人間特有の不可解な感情であり、特に彼に不満もない私は、その感情を持て余したりすることもない。
私は開いていた本を閉じた。物思いにふけっていたため、2ページも進まなかった。難解な恋愛小説で、肉体的なことや感情よりも、もっとプラトニックというか、哲学的な内容で、それが思わず私に冒頭のような考えを持たせた。
本をテーブルの隅に置き、和樹が寝ている部屋のドアを開けた。アラームは止まっていたが、起きる気配はない。寝坊しても困るだろうと、
「おはよう、私、先に行くね。」
彼の髪を触り、そう一言言った。彼は身を捩り、私を見上げながら、
「おはよう。」
と言ったきり、また眠りに落ちた。私は彼の頬にそっと口づけし、部屋を出た。夏の猛暑がまだ終わりを迎えず、朝の燦々とした太陽が、今日も暑くなることを予感させた。
私の後ろで、ガチャン、と音を立ててドアが閉まった。アパートの階段を降り、駅へ向かう。この瞬間、私は別世界の精神に切り替わる。和樹はそれをまだ知らないし、きっとずっと気づかない。一線を越えない限り。私は本来隠し事が下手だから。
この高揚し、足取り軽く、そして少し混じる不安。いくら疲れていても、翌日が楽しみで、漲る感じ。これは約2ヶ月前から始まった。まだ誰も知らない。知っていたとしても、職場で最も仲の良い真波だけだろう。
まだ自分でも認めていない感情。休日はあまり意識にのぼらないし、仕事に支障が出ているわけでもない。しかし、私がやはり淡白なのかもしれない。
そう、この「浮ついた気持ち」を押さえつけて抹殺するか、漂わせておくか。今の私はその瀬戸際にいる。
電車が止まった。空いている席に座る。周りに座っている学生や社会人を眺め、彼らは一体どんな生活を送り、どんな相手を好きになるのだろう、と思索した。
耳に嵌めたイヤホンから軽い音楽が流れてくる。あと少し。今日も「あの人」に会う時間がやってくるのだ。
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