EP2)笹原由奈の表面

 そんなワケで!←って、どんなワケ? 私が今、敢然と立ちはだかっております此処は、とある遊園地の、とある大人気な、とあるお化け屋敷の前。お気取りさんな感じで言いますと、ポピュラーなアミューズメント仕立てのパーク内にある、ホラーなテイスト満載のハウス。の、前。ご多分に漏れず私こと笹原由奈ちゃんは、ウキウキ感とワクワク感、そしてドキドキ感とムフフな笑みで、眠れない夜を何度もすごしました。まさに、待ち侘びるとはこの事を言うのでしょう。待ち焦がれるとは、この事を言うのでしょう。そんな、待望の日。つまり、今日という日が近づくにつれて、ジワジワ。と………ううん、沸々。と、かな。敢えて言えば、既に頂点に達したと思いきや、更にその上があって、わお。の、連続。そんな感じです、きっと。どうやらここが頂上のようなので、やっほぉー! と、叫ぶつもりだったのに。あらヤダ、そこを越えてお空も越えて、なんと宇宙にまで行けちゃいますた。そんな感じです、たぶん。心に芽生えた野望の成就を、頭の中でシミュレーションしようとしても、次から次へと妄想というデレデレに、がらり。と、目眩く桃色なアレやコレやに変わっていってしまうので、それはもうとんでもなく悶々となってしまって眠れず、どうしようもなく疼いてしまってその度に、セルフにて満たすに至る。ここ一週間だけをピックアップしてみても、恥ずかしながら何度果てた事か。こうして思い出してみるだけでも、自分でドン引きしてしまうくらいです。が、しかし。ヒロさんがシテくれないから、そんな事になっちゃうのです。だから、全責任はヒロさんにあるのです。一度そういう関係になれば、ずるずる。と、回数を重ねていく。そしていつしか公然の仲となり、ゆくゆくはお給料三ヶ月分の指輪をゲット。の、筈なのに。実話って謳っていたのに、あの漫画は嘘だったのかな。それとも、まだ続いているのでしょうか………ちっ、なかなか上手くいかないものです。こうなったら、あの動画を見せるべきなのかもしれませんね。早急にあの動画を見せるという事と、今日のミッションの完遂。私に課せられた課題は、命題と言い換えても大袈裟ではありません。今回のミッションは、効果がある筈です。とある雑誌に、ちゃんと書いてありましたし。だからこそ、です。今日という日が今夜になる頃こそ、その時こそ、ヒロさんのヒロさんによるアレやコレやで、私のアレやコレやを存分にたっぷりと、これでもかというくらいに。あの夜の目眩く桃色な世界よ、再びなのです! そして、永遠に。なのですよぉー! ここ何日かは特に鼻息ふんがぁーさんですから、私!!

 野望。そうです、これは野望。若しくは、企み。或いは、目論見。頭の良い人っぽく言うなら、計略とか、策略? そう表現しちゃうと、可愛げ度数限りなくマイナスの彼方ですね。あ、目標! それなら、前向きで直向きな努力の結晶という感じがします。なので、採用させていただきましょう。以下、頑なに目標と言わせてもらいます。おほほ!


 と、脳内で自分自身に宣言しておいて。


 その目標とは、ずばり。怖いというドキドキ感を恋愛感情としてのそれだと勘違いさせちゃう事で、あらヤダ。いやん、電気消してください恥ずかしいですぅー。と、目眩く桃色な世界へと誘う誤作動を引き起こすと評判の、町で噂の、ほら、えっと、たしか、アレですよアレ………吊り橋、効果。でしたっけ? 



 おっほん。



 兎にも角にも、です。たぶんきっとそういう呼び方の筈の、素敵で魅惑の溢れかえった簡単お手軽十全やったぜ誤認だろうがこっちのものよ的な、風味な、寄りな、仕立てな、気味な、そんな感情の発動を求めて、私は今、こうして此処に立っているのです。私は今、こうしてヒロさんを傍らに………いいえ、ヒロさんの傍らで、ですね。テンション高くて脳内だけじゃなく、ホントに雄叫びをあげちゃいそうなのですが、そのとおりそのままこの魂の昂りを表に晒してしまいますと、即ゲームイズオーバー永遠にグッバイなドン引きなんていう即死級バッドエンディングが手ぐすね引いているに決まっておりますので、頑張って脳内だけにしておきまする。このあたり、命懸けと表現しても大袈裟ではない。


 さてさて………と、ちらり。


 待ちかねたぞ武蔵ならぬ迎えに来たぞ武蔵ばりに朝早く、血走って眠れなかった私が起こして出発を促したからでしょう。なんだか、ヒロさんは眠そうな感じです。けれど、でも。が、しかし。眠い理由は私のそれとは違うという事くらいは、存分に承知しております。だって、そんなのまさかのまさかですもん。私はそこまで自意識過剰ではございませぬのですよ、のほほ! とは言うものの、私の場合はヒロさんの寝顔を視界に宿した瞬間に、眠気という眠気の全てが吹き飛んでおりますけどね。殿方特有の、朝方という時間帯に巡り合う事が可能な、ヒロさんのヒロさんが元気になっている症状は、残念ながら視認するに及べませんでしたけれど、確認が叶った場合を考えますと、頬にすりすりとか匂いをくんくんとか味見でぺろりとか我慢不可でいただきますとか、そんな有り様にならないとは言いきれない私ですから、そうなるとこれもまた即死級バッドエンドとなってしまいます。目を覚ましたヒロさんにドン引きされるワケにはまいりませんから、お布団を捲らずに揺り起こすに至ったワケですが、何は共あれ。合鍵を作っておいたのは、大正解でした。もしかしたら、ヒロさんが起きないという可能性も考えられましたし。だって、こんな私なんかとのお約束ですから、眠ければまだ寝ようという判断を採用されても文句は言えません。そこで、合鍵。そんな時の為にも、合鍵。ヒロさんは世界で一番優しい人ですから、私が目の前にいたら、私に起こされてしまえば、流石に起きてくれますよね。こうして、ここまで来てくれているワケですし。それに、不機嫌という様子も見えませんし。作っておいて良かったです、合鍵。備えあれば、憂いなし。先人に学べ。それが、合鍵。無許可ですけどね。でも、ヒロさんからのクレームは0件なので、私が合鍵を所持する事は許可された、と。きっと、ヒロさんはいつものように夜更かしさんだったのでしょう。なんせヒロさん、趣味は夜遊びだと公言して憚らないお方ですから………あっ。



 遊びって、誰と?



 ………、


 ………、



 あ、いけない。



 どうも私、ヒロさん占拠率が甚だしくお高めのようです。まだ、私のモノにはなってくれていないのに。だからこそ、此処に来たのに。乙な女と書いて乙女ですから、露わにするワケにはまいりません。ヒロさんが不在の隙に、部屋の隅から隙までチェックする。その頻度を、今までよりも格段に増やす事にしましょう。勿論の事、今朝もヒロさんを起こす前にチェックしましたから、だから大丈夫な筈なのに、それなのにこの私ときたら、危ない危ない。潜入捜査は身バレ厳禁ですから、気づかれないように遂行しなければ、です。有り難う合鍵さん、これからもお世話になります、ぺこり。


 えっと、何のお話しでしたっけ?


 あ、吊り橋効果でしたよね。これは、私にとっては死活問題と表現しても差し支えないくらいに、とってもとっても大切な事です。吊り橋効果はお化け屋敷でも同じような効果が期待できますよって、いつだったかのTV番組でも、頭の良い人が言っていました。雑誌と、テレビ。メディアの巨頭が揃って言っていたのですから、これはもう間違いありません。だから私、ヒロさんをこうして遊園地に誘ったんですもん。本来であれば、この効果の冠たる吊り橋に誘うべきところではありますが、その効果を如何なく発揮してくださるであろう吊り橋がある場所を、血眼になって調べに調べた範囲では、どれもこれもお泊まりを要する距離だったんですよね。それだと、お誘いしても却下される可能性があります。しかも、お泊まりのお誘いの方へと気を向けられてしまいますと、これもまたルー・テーズ。じゃなくて、ユー・ルーズ。と、なりかねません。なので、高い所にある年季の入っていそうな吊り橋は泣く泣く諦めまして、遊園地。の、お化け屋敷です。幸いにして、日帰りが可能でデートスポットでもあるこの遊園地には、こうしてお化け屋敷があります。しかも、怖い怖いで評判の、です。これぞ運命と言わずして、何と表現すべき事でしょうか。有り難うオリゴ糖! いやその、つまりはそういう事です。これから、ヒロさんと二人で………ヒロさんを、ヒロさんと、ヒロさんによるヒロさんが、これを機に、今夜にでも、今夜、そう、今夜、ヒロさんと、ヒロさんが、ヒロさん、ヒロさん、ヒロさぁーん………ぐふふ!


 がぁーっはっは!!

 頭イイでしょ、私!


 ヒロさん永久独占私のモノよ大作戦を発動ですおー! いぇーいどぉーだまいったか! まいりましたと言いなさい! 平伏せよ、愚民ども! そして刮目せよ、更には瞠目せよ! この世は妾の天下なのじゃぞぉおおおー!!


 ぜぇ、ぜぇ………。


 脳内で独り言しているだけなのに、何故だか息切れしてしまいました。このままだと、テンション頗るお高め注意報を発令すべきかもしれません。ですが、これは仕方がありません。実のところ、目眩く桃色な事ばかり妄想しているワケではないのです。私、遊園地ってホントに初めてですし、デートもした事なんてありませんでしたし、その初めてが、それら初めてが、ヒロさんですから。ヒロさんと、なのですから。ヒロさんを、ヒロさんと、ヒロさん、ヒロさぁーん………ぐふふ。これこそ、祭りじゃあああー!


 おっと、ループしてますぜ客人。

 って、誰が客人やねぇーんっ!



 そ、ん、な、事、よ、り、も!!



 これが成功した後も、念の為のダメ押しとして、盗られないようにマーキングとか、しちゃいましょうか………って、どうやって? う~ん、どうしましょう。私、するよりもされる方がイイかも。ヒロさんに、マーキングされちゃう私………でへへ。私は何処にも行きませんけどね、えっへん!


「オレの情けない姿を見て、それでせせら笑いたいのなら、何処へでも連れて行くがイイさ………ふふっ」

 あらヤダ。私がテンションMAX超え新記録達成万歳な状態の一方で、どうやらヒロさんはお化け屋敷とか苦手なご様子。それはもう見るからに明らかに、どんより曇り空な感じで尻込みさんしております。そうだったんですか、ヒロさんの新たな部分を発見です………こういうヒロさんもカワイイですなぁ~、じゅるる。


「ユナはドSだ………人類史上最大規模だ」

 いえいえヒロさん、そんなジト目で私を見ないでください。実のところ、私も苦手なんですから。わざわざ驚かされに行くなんて、そんなの意味が全く判りませんもん。どういう了見なんでしょ? って感じです。


 質問→何の為に行くの?

 回答→驚かされる為に♪

 結論→理解できません!


 そういう感じです。


 そういう感じなのですが、私の私による私的な目的としましては、大切で重要でマル得で素敵な吊り橋効果の為ですので、それならば致し方なしなのです。あ、もしかしたら。お化け屋敷、大好き。と、いう皆様も同じ思惑なのかも。なるほど、それなら納得です。ですが、怖いの苦手な私にとって、場合によっては決死の覚悟ですお! ま、最大級のお宝を横にして無惨にも屍と化すなんてつもりは毛頭ありませんけど、ね。ここまできて、死んでたまるかぁー!


 って………、

 怖いの好きなんて人、います?


 いるのかな。痛いの好きとか、苦しいの大好きとか、そういう人もいるみたいですし。私は、うん。ヤバい、トラウマがフラッシュバックしそう。思い出すな、思い出そうとするな、頑張れ、私。それらを払拭してくれる人を見つけたのだから、ヒロさんと出逢えたのだから、私がすべき事は病院で隔離な毎日へと逆戻りではなく、ヒロさんを自分だけのモノにする事。そして勿論の事、私がそういう邪な思惑………じゃなくて目標を抱いているだなんて、ヒロさんには秘密です。そんな事、ヒロさんに知られるワケにはまいりません。墓場まで厳重に持って行く所存です、この私。「凄い人気あるって話題になってたですし、体験したいなぁ~なんて………ダメですか?」私は、敢えて。かなり怖いという評判で話題になっているとは告げず、凄い人気があるとお茶を濁した表現に留める。はい、それもこれも吊り橋効果の為です。ですが、ウソは言っておりませんから、無問題の範疇ですよね。と、正当化しつつ。ヒロさんの心の内を窺うべく、ヒロさんを様子を観察する。


「がるるー!」

 すると、何故だかヒロさん。お化け屋敷のお屋敷を前にして、お屋敷に向かって果敢にも威嚇するという攻撃を繰り出しました。もしかしてヒロさん、人間ヤメちゃったですか?「そ、そんなにイヤでしたら、その………諦めますけど」何だかこのまま無理強いなんてしたら、お屋敷に突入して心ドキドキの前に、嫌われて心バキバキになりそうです。それは激しく避けたい本末転倒な事態なので、第二候補のジェットコースターを目指しましょう。勿論の事これも、わざわざ自分で自分に説明するまでもなく吊り橋効果が狙いです。遊園地に来て、真っ先にお化け屋敷。それがダメなら、ジェットコースター。どうやら完全に、吊り橋効果のみに執着しております。デートらしき振る舞いはその後でたっぷりと、なのです。


「だ、だだ、だ、大丈夫! ユナの、いい、いいいっ、行きたい、ト、トコに、つ、付き合ってみせるぞ、おぉー」

 すると、ヒロさんは。先程の勇敢な威嚇のまま、頑張ってくれるようです。ですが、そんな無理をしなくても………でへへ。やっぱり、ヒロさんは優しい人だなぁー。「ヒロさん、他のにしましょう」私は、そう提案する。もう充分に有り難うございますですよ、ヒロさん。もう、お化け屋敷は大丈夫ですよ。だってまだ、ジェットコースターとかジェットコースターとかジェットコースターが………邪な私をお許しください。


「何をおっしゃるウサギさん!」

 ですが、ヒロさん。巨大な敵に、敢然と立ち向かうつもりのご様子。もぉー、ヒロさんカッコイイすなぁー! しかも、私の為に………でへへ。あ、いつの間にやら私も、人間ヤメていたみたいです。それならそれで、寂しいと死んじゃいますからずっとずっと傍に居てくださいね?


「いざ出陣なのですよ、コータロー!」

 と、ヒロさんが気迫充分な気合いを入れてきましたので。「うん判った、カットベル!」そうと決まれば、私はそれに呼応するまでです。って、性別逆転してますけど?

 

 誰も知らないでしょうけどね。


「ホントにイイですか?」と、一応は確認してみる私。無理しないでね、ヒロさん。吊り橋効果は捨てがたいですけど。あ、ヒロさんの横顔………舐めまわしたい、かも。マーキングしちゃおっかな、じゅるる。って、こらこら。


「おうともさ!」

 私が脳内でヒロさん大好き病を拗らせていると、実際は知らないのであくまでも想像の範囲なのですが、ヒロさんはまるで戦地に赴くかのような覚悟でとでも言いましょうか、帰還率限りなく0%の難易度激高ミッションを命じられた悲壮感とでも申しましょうか、自分自身に言い聞かせるかのような、自分自身を奮い立たせるかのような、お見事なお返事でございます。素敵ですお、ヒロさぁーん!


「よし、行くぞ!」

 そして、そう続けるや否や。ヒロさんは、日本で初めてのラップと呼ばれている、東京へ行きたいと望む唄を歌う………ワケがなく。こんな私のこんな手を、ぎゅっ。と、握ってくれましてですね。ぎゅっ、と。ぎゅっとですよ? ぐふふ! いやその、そして、そして、入り口へと向かい始める。「あああの、ヒロさん?」途端に、照れる私。いいえ、デレる私。いやん、私ってば、愛しのヒロさんと手を繋いでるですよぉー♪ これこそ、王道デートって感じ? と、言うか。これは間違いなく、デートですよね! 周りの人達に、恋人同士とか思われてるかな。思ってるかな。思ってほしいなぁー。はい、みなさんそうですおー! ヒロさんは私の彼氏なのです! 遊園地、さいこぉーだぁあああー!!「でへへ………」あ、ヤバい。これでは遊園地最高というよりも、私がサイコですね。顔がデロ~ンとニヤけてるかも、です。ニヤニヤさんですよ。とりあえず、前を見つめていますヒロさん、に、は………気づかれてない、かな。せぇえええーふ! 良かったぁー、アップ狙いがダウン査定で敢えなく砕け散ってたまるもんですかってんだぁあああー!!


「「………」」ごくり。

 入り口に到着。


 立ち止まるヒロさんと私。

 立ちすくむヒロさんと私。


 幽霊屋敷とヒロさんと私。

 部屋とYシャツと、屋敷。



 ………、


 ………、


 あ、スルーして結構です。



『きゃあああー!!』


「「えっ?!」」

 何やら、お屋敷の中から絶叫する声が………したんですけどぉー。


「今の、聴こえたよな………」

「はい。聴こえちゃいますた」

 顔を見合わせ、表情を強張らせる私達。


「あう、ぐ………」

 や、や、や、やっぱ、ヤメようかな………今ならまだ間に合う、し。あ、まだ、間に合う? マダガスカ、ゴメンなさい。怖いなぁー、ヤダなぁー、怖いよぉー。ううう………怖いけれど、この怖さにかこつけてヒロさんにしがみつけるってのは、捨てがたいんだよなぁー。


 ヒロさん、

 そそその、どうします?


「行くぞ、相棒!」


「がってん承知!」あらヤダ、おもわず即答でノッてしまいました。そして、今頃になって気づきました。ヒロさんとこうなる以前の私なら、心の中や頭の中だけで自分自身に対して、ワケの判らない独り言やボケやツッコミを浮かばせているだけだったのですが、ヒロさんとこうなってからの私は、それをヒロさんには晒している。勿論の事、その全てを晒してしまうとゲームイズムオーバーですから、そこまでではないのですが、それでも以前の私からしてみれば、私自身でも信じられません。


 また一つ、

 違いを見つけました。


 そっか。私、こんなにもヒロさんに心を許しているんですね………心だけじゃないけど。それは、まだ。たった一回きりの事。一度きりで、そのままそれっきりの事。ですが、動画としてばっちり収めてありますから。だから、オカズには困りません。って、バカバカバカぁあああー!



 こほん!!



 何はともあれ! これでまた一つ、以前の私との違いを発見してしまいました。私を知ったつもりの人達、たぶんきっと驚くでしょうね。どうでもイイですけど。


「遂にオレ達の番が来たぞ………」


「御館様、ご、ごご、ご武運を!」ついに私達の順番が来て、係員が満面の笑顔で促してきます←イヤミでしょうか。イヤミですよね、イヤミだろそうなんだろ、その笑顔。しかも、満面ときたもんだコノヤロぉー。ですが、私、心で怒って顔で笑っての精神で、係のおねぇーさんを華麗にスルーです。スルーしてやりましたよ。って、私のなけなしの笑顔はかなりひきつっているんでしょうけど。それも兎も角としまして、私達がおそるおそる二人乗りのボックスに乗り込むと、すぐ。あ、歩いて行くタイプのお化け屋敷じゃないんですね。しゃがみ込んでしがみついて時間稼ぎとか考えていたのに、これでは計算が狂ってしまいます。ですが、それを合図にとでもいうかのように、待ったなしの出発進行。しがみつく事は可能ですし、仕方ありませんね。


 ………、


 ………、


「真っ暗、だな………」

「そ、そっすね………」


 ゆっくり、


 ゆっくり、


 と、


 私達を乗せたボックスが線路の上を、静かに。ゆるり、と。進んでいく………既に、かなりの怖さです。まだ何も起きてはいませんがその雰囲気は、そう。いつお出ましになられても、驚きません。いやその、驚くんですけど、驚きません。日本語って、難しいですね。私は早くもヒロさんにしがみつき、目だけで、きょろ、きょろ。と、辺りを見回し、そして見渡す。所々に朧気な灯りがあるものの、その殆どはどんよりとした赤い光だったり、緑色にぼんやりと光る蛍光灯だったりで、何処をどう進んでいるのか判らないくらいに、殆ど暗闇。


 あ、あああ、あ、あ………。


 私、調子に乗ってしまっていて、すっかり忘れていました………暗闇が苦手だという事を。吊り橋効果の事ばかり考えていて、肝心な事を失念しておりました。失念してしまうくらいに、ヒロさんへの独占欲に駆られていました。ですが、苦手なんていう表現では全く足りないくらいに、そう。私は、暗闇が、あうう、あう、うう………。


 頭が、オカシク、なり、そ、う、です。


「あう、う、ぐ………」震えがきたと思った時にはもう、全身がガクガクです………目を開けていたくないくらいなのに、見開いたまま閉じる事を許さない。息が苦しい。呼吸が、デキない。ヤダ、来ないで。私、何も………あ、あぁあああー!


 その原因は過去に浴びた恐怖。

 トラウマになるほどの、記憶。



 怖い!

 怖い!

 怖い!



 イヤぁあああああー!!



 ぷちっ。



 あぁあああーー怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖い怖い怖い怖い怖い怖いよ助けてイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだヤダよヤダよヤダよヤダよ助けてイヤだヤダよヤダヤダヤダヤダコワイコワイコワイ痛い痛いイタいイタい痛いイタいイタいイタいゴメンなさいゴメンなさいヤダよ痛いよぉおおおーー!!



「ん? ユナ?!」



 いお………っ?!


 あ、ヒロさんだ。


 ヒロさぁーん♪



「ユナ、大丈夫か?」

 私はかなりキツくしがみついていたようで、だからヒロさんに伝わったらしく、どうやら心配してくれているようです。暗くて定かではないけれど、その声でそれが充分に判る。


「あうぅ………」

「大丈夫、か?」


 その声によって私は、意図もたやすく我に返る。


「ヒロさん♪」

「えっ………」


 私にはヒロさんが居る。

 だから、無問題です!!


「っと………大丈夫なのか?」

「はい! 無問題ですおー!」


「そっ、そっか………うん」

「はい! 大丈夫ですおー」


「………なら、イイんだけど」

「ヒロさんが居ますからね♪」


「ん? お、おう………」


 今の私には、ヒロさんがいるんです!


 そう思うと、恐怖がウソっぱちのように急速に萎んでいきました。やっぱりヒロさんの存在は絶大です。世界で一番で、最強で、最大の回復魔法です。



 がくん!!



「んぐつ?!」

「あうっ?!」



 と、その時。



 前方に少し押されるような衝撃と共に予告なくボックスが止まりました。


「「………」」

 それにつられて? 私達も暫しフリーズ。


「………何? えっ? 何?」

「とと、止まりますた………」


 って、


 此処に限らず、予告したりなんてしないんでしょうが、それは兎も角としまして。気持ちを落ち着かせようとして、そんな状況をなんとか把握しようとして暗闇を、きょろ、きょろ。と、見回してめる。そして、見渡してみようかな。


 と、思ったら。



 だんだんだんだんだんっ!

 ざざっ、ずざざざざっ!!

 ばりばりばりばりりっ!!



「「うわっ!」」

 きっと、恐怖心を激しく増大させるつもりの効果音が大音響で鳴り始め、


「「何これ………え、えっ?」」

 左側がパッと光を発して明るくなる。


「「わっ! ええっ?」」

 だから、おもわず其方を見てしまう。


 と、

 殆ど同時に。


『誰だオマエ達はぁああーー!!』


 と、おどろおどろしい声がして。



 ぱりんっ!!

 がしゃん!!

 ばったん!!



「「っ!? で、でで、でででで!」」

 何かが開いた音と共に、白い着物を着た血みどろのたぶん女性が私達に、ぎりぎり。倒れかかってきたのれす!



『何じに来だぁあああーー!!!』

「「出とぅわああぁーーっ!!」」

 ↑

 半泣きです。



『ワダジを殺したのは………』

「「うわぁああああー!!」」

 ↑

 本気過ぎです。



『オマエ達かぁあああーー!!』

「「ぎえぇええええーー!!」」

 ↑

 ヤリすぎだと思います。



「「あわわ、わう、あう!!」」


 スーッ。と、進んで。

 ぴたり。と、止まる。


 またスーッと進んで、

 ぴたり。と、止まる。


「「ん? どぉおおおーーー!!」」

 その度に、


「「ぎえぇええええーーー!!」」

 幽霊さんやら幽霊さんやら幽霊さんが、あの手この手で飛び出してくる。そんなふうにされたら、そんなの驚くに決まっているじゃないですか! どうしてそんな事するんですか? おし○こ出ちゃったら、どうしてくれるんですかぁー!


「「ぎょわあああぁーーー!!」」

 え、静か。に、なりましたよ。


 ………?


 あ、

 もうそろそろゴールなのかな。


「………あれで、終わりか?」

「です、か? で、ですよね」



 ばたん!!



「「ふえ? ぐぉおおおーー!!」」


 と、

 油断した所を更に攻め立ててくる。



「「おお、お、お、お………」」

 ↑

 まさに、悪夢ですた………。



 評判なのも、頷けます。


 ………、


 ………、



「ご利用ありがとうございましたぁー♪」

 ↑

 正直、殺意を覚えますた。


「あう、う、あ、あ………」

「あうう、あう、う………」

 太陽の光を再び浴びれた時には、私達の精神的なダメージは如何とも激しく甚大で、ライフゲージ残り僅かとなり果てて哀れ、ぼろぼろ。そして、くらくら。更には、ふらふら。そんな有り様となっていましたとさ、まる。


「怖かった、マジで………マジでヤバい」

 ヒロさんは遠い目をしていて、その視線は空中を彷徨っています。「ひくっ、ひんっ! えぐっ、怖がっだよおおおぉ………」その横で私は、半泣きをゆうに逸脱して間違いなく号泣です。


 私はお化け屋敷をナメてますた。

 本物さんもいるかもしれません。


 そんな、怖さですた。


 ………、


 ………、


 でも、ね。でも、うん。

 入って良かったですよ。


 満面の笑みの係員だけは、許しませんけどね。



 ですが、来て良かったとはホントに思っているんです。だって、私はしっかりと記憶しているから。幽霊さんが出現する度に、ヒロさんは私を庇うようにして包みこんでくれていた事を。


「ヤバかった、かなりヤバかった、はてしなくヤバかった………」

 ホントにそう思ったんでしょうね。だからこそ、アトラクションなのにも関わらず、それでも私を守ろうとしてくれたんですよね? ヒロさん………私、嬉しいです。「はははい………」そう思いながら、ヒロさんの横で、こくこく。と、頷く私。吊り橋効果に関係なく、間違いなく私の想いはレベルアップしてしまいました。私には吊り橋効果なんて必要ないくらいに、もうずっと前からヒロさんしか見えていませんけどね。


 じゃあ、じゃあ、それなら。

 ヒロさんはどうなのだろう?


 上がってくれていたら、イイなぁー。


 あ、でも。


 私を守ろうとしてくれたという事実を、しっかりと体感する事がデキたので、だから、だからそれでもう充分に、目標は達成されたような気もします。ヒロさんは私を避けているワケではない、と。私の事なんかどうでもイイというワケでもない、と。そう思える事がデキましたし、こうしてヒロさんの腕にしがみついたままでいられていますし、ね。ヒロさんとデートする事が叶い、お化け屋敷に入る前は人前で手を繋ぐという夢も叶いました。そして、出た後はこうして腕を組んでいると言えなくもない感じでしがみついています。


 しかも、

 ごくごく自然に。


「少し、休憩しよっか」

 ヒロさんは微笑んでいたけれど、でもどこか複雑な表情でそう提案してきました。「はい!」私は、こくり。と、頷いて再び。大好きなヒロさんを見上げる。この距離感が、とても心地良い。


「恥ずかしい面を見られてしまいました………」

 ヒロさんは項垂れて、ぼそぼそ。と、そう言いました。「えっ? と、それはどういう………」ですが、その意味が判らず、私は逡巡する。


「格好悪いよな、オレ………不甲斐なさすぎで申し訳ない」

 ヒロさんは、そう言って照れ隠しなのか少し微笑んでみせた。ならほど、そういう意味でしたか。そんなの全然ですし、無問題なのに。


「実は、さ。ジェットコースターとかも、その、苦手でさ………」

 ヒロさんは、続けてそう吐露する。わお、そうでしたか。ですが、勿論の事それも何の問題ありません。もう、次はジェットコースターですよなんて言いませんから。だから、安心してください。ホントですよ? だって、もう充分に満たされていますから。「実は、私も苦手なんです。だから、一緒ですね私達。ヒロさんと同じ部分があって、嬉しいですよ、私!」私は、本心を告げる。決して慰めや綺麗事を並べようとしたワケではなく、心からの言葉。そして、ヒロさんへの好意の強さをアピールしようという、思惑も少しだけ。


「ありがと………うん」

 そこには、照れたような笑みと、恥ずかしそうな声。それぞれが、ヒロさんに宿っていた。「無問題ですおー♪」私は自然と、微笑みを返す。そして、返しながら心から告げる。


「じゃあ、次はアレにしようか!」

 すると、ヒロさんは復活したようで、次なるアトラクションを指し示す。このヒロさんは、私が知るいつものヒロさんです。良かった良かった、と。そう思いはするものの。その指の先にあるのは、メリーゴーランドでした。そこは、意外! では、あるのです、が。「はい!」何だか、またまた距離が更に更に縮まった気がしますし、絆が深まったような気もします。吊り橋効果、かぁ………どうやら、私には効果絶大・効き目抜群のようです。


 ですが、

 きっとそれだけではない。


 私って、ヒロさんの事がこんなにも大好きなんだね、と。あらためて、気づかされちゃいました。だから、私は願う。私は望む。私は祈る。明日も明後日も、欲張ってもイイのならおもいきって何度生まれ変わったとしても、


「ん? どした?」

「ヒロさぁーん♪」


 ずっとヒロさんの傍に、

 居られますようにって。


 ………、


 ………、


 ………、


 とりあえず、

 不安材料は早めに消しておこう。


 どうやら、

 あの動画の出番のようですね。


 ………、


 ………、


 ヒロさんは………私だけのモノなんだ。


 ………、


 ………、


 ………、


 誰にも渡さないよ、絶対に。




          絶叫屋敷の巻 終わり

          赤い糸むすんだ、より

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る