終 幕)短いえぴろーぐ

 このキッカケを見過ごして、何度目かの懇願を採用して、所謂ところの次なる機会とやらを期待してみたとしても、奇跡のような展開がまた到来するという保証はありません。そして、生まれ変わり再びこの世に生命を宿す事が出来たとしても、同じように巡り逢えるとは限りません。そればかりか、ヒロさんは心が温かくて優しい人ですから、天国への扉を何事もなく潜り抜けられるでしょう。快く迎え入れられるのでしょう。大歓迎されるのでしょう。その一方で、私は………そうはいかないでしょう。扉の前であれこれ審議してもらえる事すらなく、有無を言わさず真っ逆さまに、地獄行き。たぶん、そんなところでしょう。当たり前だと言わんばかりに、直行便へと乱暴に放り込まれるでしょう。たぶん、きっと、いいえ。絶対に、です。そんな事くらい、どうしょうもなく自覚しています。もう何をどうしようと、行く行くはどうしても。結局のところ、このままではやっぱり私は、ヒロさんと離れ離れになってしまうという事です。ただでさえ、ヒロさんが私なんかを確実に認識していてくれるリミットは、今この時のみだけだというのに。現在という一秒ずつのみでしか、こうして繋ぎ止めてはおけないというのに。ましてや、行く行くは。どころか、今まさに。そうです、今にもヒロさんに棄てられようとしているというのに。

 この一秒一秒は、その前にもあった一秒一秒と同じく、そのどれもこれも全てが、私の一秒後から先を左右してしまう存在で、だから私が間違えなくても、ヒロさんの気が変われば、それだけでも即座に強制終了してしまいます。或いは、私が間違えてしまうという大失態が、マイナス要因の一つとなって積み重なっていき、どこかの一秒で私を、絶望に追い込むかもしれません。場合によっては、一発アウトになる事だって有り得るでしょう。と、言うよりも。そっちの方が、その方が、率は確実に大きいんでしょうね………だって、ほら。今がまさしく、そうなんですもん。それなのに、危険な状況であるという事を示すサイレンは、未然に防ぐという類の警報作動装置などではなくて、役立たずな事に私が、図らずも引き金を引いてからでなければ、ただの刹那でさえも鳴り響いてはくれない。これを欠陥と言わずして何と言えばイイのでしょうか………いやはや、ですよ。全くもって、ですよね。だから、だから、だ、か、ら、こうなってしまうんです。最初は従順を目指したのだけれど、それだけでは独占なんてデキませんでした。それならば、と。今度は、妊娠を目論んでみました。けれど、よくよく考えてみれば、ヒロさんはこの子を溺愛するでしょう。つまるところそれは、この子にヒロさんを奪われてしまうという事になります。永遠に続く独占というテーマは私の命題なだけに、絶対に絶対にクリアしておきたいのに。それなのに、それなのに。

 一秒で未来永劫を掴み取るには、そうするには私はどうすればイイのか。何をすれば私は、安心できるのか。どこまですればヒロさんは、完全に私のモノとなっていただけるのでしょうか。それを、私は必死に考えました。必死に悩みました。必死に狂いました。必死に、必死に、必死に、死に物狂いで。そして………閃きました。いいえ、与えてもらえたのかもしれませんね。一つだけでしたけれど、確実な方法を。必死になった甲斐がありました。やっぱり赤い糸は、最初から結ばれているのではなく、自ら動いて結ぶものだったんですね。


 たった。の、一秒。

 たかが。な、一秒。

 されど。も、一秒。


 全て永遠に等しい。


 そう、例えるなら。そうですね、この空模様みたいなもの。つい先程まで雨ざざざだったのに今はその姿を、がらり。と、変えている。雪やこんこ、です。天気予報ではたしか、雪に変わるのはまだ先の事だった筈なのに。それなのに、予想とは違う結果がここにあるんですよ。


 だからこそ。


 自分で結びにいかなければなりません。結ばなくてはなりません。いつ何時、いかなる時でさえも、です。ヒロさんが心変わりをしてしまうかもしれないその前に、そうならないようにしなければならないんです。


 ………。


 ………。


「どうして此処に?」

「どうし、て………」


 此処は、あの女が住んでいたマンション。の、屋上ですよ? あの女の事を思い出して、それでその後はどうするんですか? ヒロさんには私がいるというのに、どうして、どうして、他の女の事なんかを思い浮かべるんですか? それも………それも、それも、それも、それも、それもそれもそれもそれもそれも! 寄りにも寄って、あの女なんかの事だなんて………そんなに、良かったんですか? あの女は、そんなに良かったんですか? だったら、私に教えこめばイイじゃないですか。覚えさせればイイじゃないですか。それなのに、それなの、に。


「でも、ちょうどイイか」

「ま、また、なの、か?」


 また? あ、はい。尾行していました。けれど、今回はバレないようにしましたよ。ちゃんと、言い付けを守りましたよ。いつもと違ってバスに乗ろうとしていましたので、慌てちゃいましたけどね。けれど、ちゃんと守りましたよ。健気でしょ? 可愛いでしょ? それなのに、それでもあの女の方がイイんですか? あんな女の、どこが良かったんですか? ただの遊びじゃなかったんですか? 私の方が遊びの方なんですか? もしかして、今日までの事は全て、ウソだったんですか?


「私、離れませんから」

「うっ、く………ユナ」


 あ、あ、やっぱりそうですか。やっぱりそうなんですか。やっぱり私は、棄てられてしまいますか。けれど、今回は私のせいですよね。あんな事しちゃったんだから、そうですよね。流石にそうなりますよね………うん。でもね、ヒロさん。そんなの、あんまりですよ。言ってもらえたら直しますって、そう言ってるじゃないですか。何でもしますからお願いしますって、そう言ったじゃないですか。それなのに、何も言わずに棄てようとするだなんて。そんなの、そんなの私、直す事もどうする事も出来ないじゃないですか。


「別れないですよ、私」

「う、違うんだ。ユナ」


 違う? 違う、とは? あんな女なんかの事を思い出すという事は、あの女の事を想っているからですよね。だから、此処まで来たんでしょ? あんな女なんかの事でいっぱいだから、だからこんな所に来たんでしょ? 今日もお仕事なのかと思っていたのに、お休みだったんですか? お休みだった事、隠してたんですか? それとも、ただのおサボりですか? それなら………それなら、私の傍に居てくれればイイじゃないですか! それで、それで、それで私の事だけを考えてくれればイイじゃないですか! それなのにヒロさんは、ヒロさんは私を避けたんですよね? そうですよね? やっぱり棄てるつもりなんですよね? 棄てるんでしょ? 棄てるつもりなんでしょ?


「違う、と、は?」

「え、っと………」


 私を棄てるつもりなんだ!

 私を棄てるつもりなんだ!

 私を棄てるつもりなんだ!


 私は手すりの方へ、つまりヒロさんを越えて、端の端まで歩みを進め、くるり。と、振り向く。そして、疑問を投げ掛ける。すると、ヒロさんは。あ、口ごもったやっぱり棄てる気だったんですねでもねヒロさんあははヒロさんねぇヒロさんでもねでもねヒロさんヒロさんは私のモノですからヒロさんは誰にも渡しませんしヒロさんは何処にも行かせませんからヒロさんは私が独占するんですよこれから先もずっとずっと! ずっと………ですよ。


 ずっと、ずっと、

 ずうぅうううーっとなんです!


 ………、


 ………、


「ねぇ、ヒロさん。愛してる?」



「えっ………と」由奈の問い掛けに対して、あろうことか僕は、再び。そう、再び。口ごもってしまった。少なくとも、ここは即答するべきだったのに。即答しなければならなかった、そんな場面だったのに。



「私の事、愛してます?」



「えっ、と、愛してるよ」なんとか、そう答える。このままではヤバいというのは、身に染みて判っているのだから。それにしても、昨日の今日で早くも尾行してくるとは………。



「ダウト、です」



「えっ、ユナ?」いつもとは違う返しだった。いつもなら、ホントですか? と、なる筈だったのに。それに、それに、表情が、なんだか、こう………イヤな予感しかしない。



「ヒロさん♪」



「………?!」笑顔とは呼べない笑顔で、笑顔には見えない笑顔で、由奈が近寄ってくる。瞬間的に身の危険すら覚えるほどだったのだけれど、ぴくり。とも、僕は動けない。


 怖い………よ。

 由奈が、怖い。


「でも、私、私ね………えへへ」

「ユナ………いやその、ユナ?」


 全身を寒気が襲う。

 そんな表情のまま。


「イイ事、思いついちゃったです♪」

「ちょ、ちょっ、えっ、と、ユナ?」


 つい先程まで由奈が居た場所へと、

 僕は由奈に強引に引き寄せられる。


 そして、由奈は。


 しがみつくようにして、

 僕を後方へと引き摺る。


「こうすればずっと私のモノになる」

「いや、待てって、ちょ、ユナ?!」


 由奈に止まる気配は見られない。

 抗おうとするのだけれど。


 するのだけれど。


 抗おうとしているのだけれど。

 僕は、引き連れられていった。


 このままでは、

 このままだと、


「私、誰にも渡しませんよ?」

「え、っ、うわぁあああー!」


 僕は重力に抗う術を知らないのに。

 衝撃に耐えうる頑強さもないのに。


 由奈が身を乗り出す。

 僕を掴まえたままで。


「はうう。ヒロさぁーん」

「あああああわぁーっ!」


 故に、きっと。

 たぶんきっと。


 ………。


 つまるところ。

 結局のところ。



 ………。


 ………。



 うぐわちゃぶっ!!!



 ………。



 ぶしゅ。

 ぶしゅ。



 ………。



 僕ではなくなった僕だった僕と、

 それにしがみついている由奈が、


 ………。


 由奈なのか判然としない由奈と、

 それにしがみつかれている僕が、


 ………。


 仲睦まじく。寄り添うかのように。

 まるで………マリオネットが二つ、


 ………。


 壊れたから棄てられました、

 他に理由なんてありません、


 ………。


 そんな格好で、

 寝転がってるんだろうなぁ………。



 ………。


 ………。



 ヒロ、さぁ~ん。

 私のヒロさぁん。


 ………。


 これで、

 ずっと一緒ですね。


 ………。


 記憶でも。

 記録でも。

 この先も。


 ………。


 だってこんな死に方しちゃったら、

 成仏なんて、デキないですもんね。


 ………。


 と、いう事はこのまま二人。

 此処に居るしかないですね。


 ………。


 ヒロさんは天国に行けない。

 私は地獄に落ちないで済む。


 でしょ?

 でしょ?


 ………。


 ずっと二人きり。

 ずっと二人だけ。


 ………。


 これでやっと私だけのモノに。

 これで漸く、安心デキました。


 ………。


 ヒロさん………えへへ。幸せです!

 沢山、尽くしちゃいますからねっ?



 ………。


 ………。



「大好、き、です、よー」

「うぐ、痛いよぉ………」


 ………。


「ヒ、ロ、さぁーん………」

「誰か、助、けて………っ』


 ………。


「あ……」

『………』


 ………。


「……っ』

『………』


 ………。


 ………。



 腕枕だぁ………。


 えへへ♪




             終 幕)おわり

           赤い糸むすんだ 完

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赤い糸むすんだ 野良にゃお @Nyao8714

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