078 お耳と尻尾
心配事は減ったけど増えた。
何を言ってるのかオレも分からない。
「ハスちゃん……」
「今日は一日お庭で遊び回ってましたからね」
パウラさんが冷静に言う。ルソーの姿はない。広いお庭ではぐれちゃったのかな。
それよりもハスちゃんだよ。お友達のリボリエンヌと会えて嬉しかったのは分かる。分かるけど、何故一緒に遊んだリボリエンヌがそれほど汚れてないのに、ハスちゃんは真っ黒なのかな?
「わおん!」
「まんぞくそうになかないで!」
「わおん?」
「わかりませんってかおもしないで!」
「わおーん!」
「かんがえるのをなげたでしょ!」
尻尾をぶんぶん振ってご機嫌そう。その横でリボリエンヌが「ごめんなさい」って顔してるのがまた……。わたしが付いていながら申し訳ない、って顔してるんだよ。
そのリボリエンヌの頭の上にも小さな葉っぱが。絡んでるそれを取ってあげたら「くぅん」と甘えてくる。
「リボちゃんをおこったんじゃないよ」
「ぉん」
「いいこいいこ。うちのハスちゃんがごめんね。えと、ごえいのひともごめんなさい」
「い、いえいえ。犬は、こんなものですよ」
「こんなものか?」
「馬鹿! 聞こえるだろ」
す、すみませんね。三歳児に気を遣ってくれて。
ハスちゃんが戻ってきたのでオレを庭に下ろしてたリスト兄ちゃんが「はぁ」と溜息を漏らして、秘書の人に何か指示した。ルソー捜索隊を結成するのかな。
と思ったら違った。王宮の廊下を今のハスちゃんが歩くのはダメみたい。そだよね、泥んこだもん。仕方ないので布で包んで運ぶんだって。
うちのハスちゃんがご迷惑をかけて重ね重ね申し訳ありません。
オレはあちこちに頭を下げて、最後は締まらない終わり方となった。
ちなみにルソーは捜索隊を出す前に自分から出てきた。疲れ切った顔で「戻っていましたか」と一言。本当に重ね重ね申し訳ないです。
ルソーは「防護服に意味がないと分かっただけでも収穫です」と言ってて、お屋敷に戻ったら「ハスちゃんを矯正し隊」を結成しようと皆に声を掛けてた。
でも、パウラさんを始め、メイドさん全員に断られていたのでオレは「どんまい」って慰めたのだった。
その後、お姫様を中心とした大プロジェクトが発足した、らしい。
オレがリスト兄ちゃんのお屋敷に滞在している間に話がトントン拍子に進んだんだって。
リア婆ちゃんが迎えにきてくれた時にはもう売り出し開始になってて、すごい!
トップダウンって大事。
「あんた、また何かやったんだってね?」
「ムイちゃんはていあんしただけだもん」
「それで?」
「あのねぇ、これからはみんながチョコレートをかえるし、たべ、ら、れ、る、よ!」
言えた!!
オレが内心でキャーと大騒ぎしてたら、どうやら尻尾も連動してたみたい。リア婆ちゃんが大笑いした。
「どうしたんだい、尻尾がおかしいよ」
「んー。このしっぽは、ひびしんかする『べつのいきもの』なんだよ」
「そうかい」
「たまーに、ムイちゃんのおみみもかってにうごくの。しかっておくね」
うん、オレは悪くない。勝手に動くこやつらが悪いのだ。
「ふふ、そんなに叱ることもないさ。可愛いもんだ。そら、元気いっぱいだ」
「たのしそう!」
「そうだねぇ。今日もふわふわで、元気な尻尾だ。ムイの尻尾が元気だとあたしも元気になるんだよ」
「そうなの!?」
「ああ、そうさ。ムイの耳や尻尾がしんなりしてると、あたしも気持ちが下がる」
「そ、そうなんだ。ムイちゃん、しっぽにちゃんといいきかせておくね」
「無理はするんじゃないよ?」
「はーい!」
リア婆ちゃんのお胸で十分に甘えて、寂しかった気持ちがあっという間に消えた。
ルシにも「よく頑張ったね」って褒めてもらえたし。
お茶会のあと、オレはホームシックにかかってずっと寂しかったんだけど、もう大丈夫。
「ムイちゃんね、リア婆ちゃんとルシにあえたからげんき。しっぽもげんきになったよ」
だから、行けてなかったレースのお店に行きたいし、出来上がったレッサーパンダのヌイグルミも受け取りたい。あと、やっぱりチョコレートも自分で吟味したいよね!
オレのお願い攻撃を受けて、リア婆ちゃんは「分かった分かった」と、もう少しだけお屋敷に滞在してくれることになった。
リスト兄ちゃんも(もちろんルソーも)嬉しそう。
早速、今日はご馳走を作るとあちこちに指示を出してた。
で、オレはリア婆ちゃんを連れて王都散策です。
「あっちがぼうけんしゃギルドでー、このさきをぬけるとレースやさんなの!」
「そうかい」
「あのこうえんのやたいで、ビールかったんだよ」
ルシが「えっ」て声を上げてたけど、リア婆ちゃんは笑っただけだった。ビールは冒険者のタック先輩に買ったんだよ。言ってなかったっけ?
まあいいや。
とにかく、レース編みを見せてもらったり、角飾りを買ったお店に寄ったりしてブラブラ楽しんだ。デートみたい! ルシとコナス、ハスちゃんもいるし、なんだったらリスト兄ちゃん一行もいるんだけど。
あ、受け取ったレッサーパンダのヌイグルミはリスト兄ちゃんにあげた。ちゃんと「ムイちゃんだとおもってだいじにしてね」って言ったよ。
お一人で寝るの寂しいもんね。喜んで受け取ってくれたリスト兄ちゃんを見て、ヌイグルミ作家さんが目を丸くしてた。これを機会にレッサーパンダのヌイグルミが売れますように。
最後に、お姫様直々に話を通したっていう商人のお店に寄った。
綺麗なショーケースに並んでるチョコレートだけど、買う人がいない。明日になったらお姫様たちが来て宣伝のための仕込みをするそうだけど(高貴な人が買ったって泊付けらしい)。
皆、あれはなんだろう、黒いね、って遠巻きにしてるんだ。
オレはコソコソってお店の人に耳打ち、しようとして全然背が足りないので秘書みたく付いてきたリスト兄ちゃんに抱っこしてもらった。
お店の人がビビってるけど、構わず耳打ちするよ。
「ちいちゃくきったのを、あじみとしてたべてもらうのはどぉ?」
ハッとした顔の商人さん。
オレはむふふって笑って、それからショーケースの中のお高そうなのを指差した。
「これください! だいすきなひとにプレゼントするの!」
ウキウキして支払って、それをそのままお店の中でリア婆ちゃんにプレゼントする。
「おや、あたしにくれるのかい」
「だいすきなかぞくにあげるから、かぞくチョコだよ。リア婆ちゃんにいちばんにあげるの!」
「そうかい。ありがとよ、ムイ」
リア婆ちゃんはオレのほっぺにちゅっとしてくれた。
ついでに何故かリスト兄ちゃんにもちゅっとする。オレはそっと下ろされた。見上げると呆然として、顔を赤くするリスト兄ちゃん。
「あんたにもチョコレートをやらないといけないね。店主、そこにあるのを全部おくれ」
「はっ、ははぁ!!!!」
魔王に睨まれた何かみたいな感じでひれ伏した商人さん他一同は慌てて走り回った。
薄々感じてたみたいだけど、宰相いるし、分かるよね。リア婆ちゃんが白竜様だって。
その後は大混乱。
お店もだけど、見ていたお客さんも。
だって、すごい神様がお店に現れて買うんだよ? 皆、気になるよね~。
オレはお邪魔にならないよう、そっと外に出た。そしたら集まってきてた人たちの波に押されて倒れかけ――。
「わおん!」
外で待たせていたハスちゃんがクッションになってくれたので転ばずに済んだ。
ハウスとこれしか覚えられなかったハスちゃんだけど、十分じゃない?
「ハスちゃんにはチョコレートあげれれないけど、りっぱなぎゅうこつをかってあげるからね」
「わおーん!!」
「あ、まってね。おさいふのなかみ、たりるかしら……」
高級チョコレート、思ったより高かったのだ。
オレはガラドスの財布の中を見て、お耳と尻尾がへなっとなった。
「うう、かいしょうなしで、ごめんね。ぎゅうこつは、ちいちゃいのになりそう」
嘆いていたら、影が出来た。顔を上げると「くっくっく」って魔王様みたいに笑ってるリア婆ちゃんと心配そうなルシ。
「あたしの大事な子を助けたんだ。褒美はあたしが出すべきじゃないかい?」
「リア婆ちゃん……」
「ああ、その前に。ムイ、勝手に外へ行くんじゃないよ。ルシが心配するだろう?」
「あい」
「よし。じゃあ、そろそろ耳と尻尾を元気にさせておくれ。あたしのためにね」
「うん!」
リスト兄ちゃんが荷物を持ってお店を出てきた。
そしてオレを見て目を丸くしてから、笑う。
「ムイちゃんの尻尾、飛んでいきそうなぐらい回っているぞ」
いいんだよ。だって、オレの尻尾はリア婆ちゃんのために元気なんだから!
**********
バレンタイン編、終わり~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます