076 バレンタイン戦争です




 お姫様はセバスちゃんに満足そうに頷いてみせた。まだ十二歳の女の子なのに立派に王女様してる。


「よくぞ、申してくれました。ムイちゃん、いいですか? これはわたしを含めた、皆からのお礼です」

「あい」

「そうねぇ、わたしが助かったことを喜んでくれたのはメアリと――」

「わ、わたしもです!」

「わたくしも」


 お部屋にいたメイドさんたちがお口を挟む。メアリさんがちょっぴり目を光らせたけど(たぶんメイドさんは命じられるまで喋っちゃダメなんだよね?)仕方ないって顔で溜息ひとつ。

 それから、オレにニコリと笑ってくれた。


「もちろん、わたくしもです」

「というわけですから、ムイちゃんにチョコレートを贈ったのは八人になるわね」

「ほ、ほんとに?」

「ええ。わたしは嘘はつかないわ!」

「おひめさま、かっこいい!」

「ふふ。ありがとう。あら、お耳と尻尾がふわふわになってきたわ。元気になったようね」

「はい!」

「じゃあ、ゆっくりいただきましょう」


 お姫様の言葉でオレは大きく頷いた。



 チョコレートは一つ食べるごとに休憩して、お口の中をさっぱりさせるのにお茶を飲んだりミルクを飲んだり。そしたらお腹が自然とかぽかぽになった。

 ゆっくり食べたのも満腹感を手助けしたみたい。

 もっと味わいたかったけど諦めよう。それにテイクアウトオッケーなんだもんね!

 お土産として大きなバスケットにたっくさん詰めてくれるらしいので、オレは大満足です。


 それから、みんなと一緒にお庭を散歩した。あと、セバスちゃんがバレンタインについて知りたがるので詳しく教えてあげたよ。聞き耳立ててた護衛騎士たちがそわそわしてるのは「モテることが目に見えて分かる」からだよね。

 チョコレートはお国同士の仲良しの証として輸入されたらしいから、今すっごく大量に入ってきているんだって。これ、流行るんじゃない?


「ムイちゃんはいろいろなことを知っているわね。それによく物事を考えているわ」


 お姫様が褒めてくれる。オレは「えへへ」とてれてれしちゃった。


「バレンタインとは、愛情を示せる贈り物、なのよね?」

「そうだよ~。ほんとはね、おとこのひとがすきなおんなのひとにプレゼントするのがはじまりだったんだって。でもねぇ、おんなのひとだってつたえたいよね! だからムイちゃんのしってるところでは、おんなのひとがプレゼントするの」

「そう。とても素晴らしい仕組みだわ。だって、高貴な身分の女性は好きな方に気持ちを伝えられないもの」

「姫」

「メアリ、いいじゃない。ここだけのお話よ」


 メアリさんは大きな溜息。

 オレは一緒に歩いてくれてるセバスちゃんを見た。苦笑いって感じみたい。


「実は、チョコレートを庶民にも広く知らしめたいと思っていたのよ。今のお話、売り文句に良いんじゃないかしら」

「そうでございますね。ですが、それらは姫のなさることではございません」

「もちろん、商人に任せるわ。でも、わたしも父上から相談されたのよ?」


 オレが聞き耳を立てたところによると、王様が子供たち全員に「どうしよっかなー」って相談したみたい。相手の国の商人さんから大量に献上されて、しかも今後も輸入が続くんだけど、消費しないと買い取ったこっちの国の商人も困る。

 かといって、結構お高いチョコレートをどうやって広めるか、悩んでたみたい。

 こっちの商人から相談を受けた偉い人たちが「子供なら分かるんじゃないか」って思ったらしいよ。


 ふむむ。


 オレは耳をピコピコさせて手を上げた。


「バレンタインしょうせん、だね!」

「しょうせん、ですか?」

「セバスちゃん、あきないのたたかい、といういみです。これもまたたたかいなの!」

「戦い?」

「まあ、これも戦いなのね」

「そうだよ! しょうぶごとなの。たくさんもらえるのもだいじ。だけど、いちばんだいじなのは、ほんめいからもらえるかどうか」

「……本命!?」


 ざわざわし始めた。

 セバスちゃんだけじゃなくて護衛騎士も。あとメイドさんたちもなんだかそわそわしてる。

 んふふ。


「バレンタインには、じつはなんとおりものいみがあるのです。いい? ほんめいチョコもだいじだよ。でもね、それいがいにも、かぞくチョコや、ともチョコがあるんだぁ。それとー、じぶんチョコっていうのもあります! これはね、じぶんにごほうびっていみなの。だからごほうびチョコ!」


 キャーと笑って両手を上げた。

 あ、興奮しすぎちゃった。パウラさんがそっと背後から押さえてくる。いけないいけない。オレは冷静な男。ひっひーふー!

 みんながまだ呆然としている隙に、オレは大事な話を最後に投下した。


「いーい? よくきいてね? じつはね、なんと、ほかにもあるんです」

「な、なんでしょう」

「何かしら」

「んふふ。バレンタインには、ぎりチョコというものがあるのだ!」

「ぎり?」

「おつきあい、っていみだよ。あのねぇ、しかたなーく、あげるの」


 ガーンって顔のセバスちゃん。他、護衛騎士たち。


「だってぇ、おなじしょくばのひとにほんめいチョコあげたらぁ、バレるんだよー」

「ハッ!」

「あと、しょくばでギスギスしたくないでしょ?」

「だ、だから、義理チョコ……」

「そう。でもこれはね、にんげんどうしのかんけいをえんかつにするための、いわばじゅんかつざいなの」


 なるほどと頷く男性陣。

 そんな中、黙っていたお姫様が一言。


「ムイちゃんは大人のようね」


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