075 仁義なき戦いの始まり
――そして、バレンタイン戦争の火蓋が切って落とされたのである。
というのはまあ、オレの中だけの話なんだけども、戦争は戦争だよね。人気者のバロメーターになるんだもん。
コナスもポシェットからやる気満々で手を出してパタパタと縁を叩いている。分かるよ、コナスも欲しいよね!
あれ、コナスって男の子かしら?
そもそも妖精ってなんだろうね?
……なんだか深淵を覗きかけた気がして、オレは急いで頭を振った。ついでに体も揺れちゃう。
抱っこしてくれてたセバスちゃんが「わ、ムイちゃん」と声を上げたけど、落とさないでくれた。ありがとう! さすがはできる男セバスちゃん。でも戦争なのでオレは勝ちにいきますよ。
「なので、ムイちゃん、おひめさまからのチョコレートをありがたくいただきます!」
「あらあら、良かったわ。ご機嫌になったのね。戦争だなんて怖い言葉を使うからドキドキしたけれど、そうね、男の子だものね。勝負をしたいのね?」
「んふ」
「そういうところは男の子ね。メアリ、あなたも分かったでしょう? 家庭教師の先生もおっしゃっていたわ。多種多様な人がいるのですもの、考えもそれぞれよ。これからのドラゴルは外にも目を向けなくてはならないわ。今回のように南の国の伝統を受け入れ、我が国の度量を示すのです」
「さすがは姫でございます」
「さ、お喋りは終わり。ムイちゃんにチョコレートを披露しましょう」
セバスちゃんはオレをソファに座らせると、ワゴンに戻った。テーブルにサーブするのはメイドさんたち。綺麗な手付きでお皿を載せていく。そこから各自のお皿に飾り付けをするんだよ。
「わぁ、きれい!」
お皿はもちろんピカピカして綺麗だけど、チョコレートがね! つやっつやしてるのだ。
一口サイズのチョコもあれば、クッキーが土台のもある。ケーキは何種類あるんだろう! アイシングっていうのかな、色とりどりの飾り模様が付けられてるんだよ。すごいね。
「こ、これ、たべていいの?」
「ええ。小さく作ってもらったものは一つずつどうぞ。ケーキは一切れずつね。けれど、チョコレートは一度にたくさん食べるとダメらしいの。気を付けてね。あなた、ちゃんと見てあげてね」
って、パウラさんに言う。オレは見た目は三歳児だけど心は大人だから大丈夫だよ。ちょびっとだけ体に引きずられてるけど、前世は高校生ぐらいだったんだ。自制できるもんね。
だから、冷静に、大人っぽくパウラさんに言ったよ。
「ムイちゃんはね、そこのしかくいのと、あかくてまるいのがいいです。それからしろいクリームがのったのと、いちごのやつも!」
「ムイちゃん、一度に取ってはいけませんよ」
オレはハッとしてお姫様を見た。優しい顔してるけど有無を言わさない感じぃ。
「あい」
「意地悪で言っているのではないの。わたしも、チョコレートを献上してきた商人に注意されたのだけれど、一度にたくさん食べると鼻血が出るんですって」
「あ、こうふんするやつだ」
「あら、知っていたの? そうよ、だから、少しずつね。食べられなかった分は持ち帰りとして包ませますからね」
「ほ、ほんと? いいの?」
「ええ、もちろんよ」
「わーい! あのね、リア婆ちゃんにもたべてもらいたたたったの」
噛んじゃった。でもオレはさも言えたみたいな顔した。お姫様も突っ込みなんてしないよ。
「ルシにもたべ、んんっ、あげるの!」
「まあ」
「ルシとは、白竜様のお付きの者ですね」
言い直したことに気付かれなかったのでセーフ。あとメアリさんがナイスフォローでお姫様に情報を伝えてる。オレは獣人族なので聞こえちゃったけど、さりげに耳打ちするとか高等技術なのでは? なんかカッコイイ!
セバスちゃんも好きだけど、オレ、メアリさんも好きー。
「ええとぉ、ムイちゃんがもらったチョコレートをルシによこながしするのはカウントされないからぁ、おとこのたたかいてきにはムイちゃんかててるきがする。いっぱいあるもんね!」
「まあ、ムイちゃん。一人の女性からもらったものは一つと数えるのではなくて?」
「あっ」
手に持ってたチョコレートがお皿にポトンと落ちた。
耳がへにょってなるのが分かる。尻尾も項垂れてるよ。しおしお。可哀想に、お前、力をなくしたんだね?
「あ、ああ、ムイちゃんの可愛いお耳と尻尾が……」
「なんてことでしょう」
メアリさんまで大袈裟に言うから、オレは余計に悲しくなった。誰が見てもしょんぼり尻尾になったんだ。なんて可哀想な尻尾。
「あの。少々よろしいでしょうか」
ワゴンのところにいたセバスちゃんから声がする。
オレがのろのろ顔を上げると、お姫様もメアリさんも、室内にいた人みんながセバスちゃんを見た。
「ゴホン。その、ここにあるチョコレートはカルラ殿下からムイちゃんへの下され物でございます。ですが、そこにはメアリをはじめとした女性方のお気持ちが込められているのではないでしょうか」
「ええ。そうよ、そうだわ」
「リボリエンヌ様をお助けし、先日は悪漢に襲われかけたところを身を挺して庇ってくださったムイちゃんは英雄です。今回のお茶会はそのお礼も兼ねていたかと存じます」
「その通りよ。メアリたちも今回のお茶会を賛成してくれたわね」
皆がぱあっと笑顔になった。もちろん、オレも。
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