074 審美眼と輸入されたお菓子の名




 さて、三歳児のオレは何かに夢中になると考えてたことがどこかに消えてしまう。だから美味しそうな匂いのお茶やお菓子を食べる前に、お土産を先に渡すことにした。

 お菓子はルソーに用意してもらったものなんだ。だから王室御用達みたいな感じで「あらありがとう」ってメイドさんが受け取ってどこかに行っちゃった。

 でも本命は違う。


「これ、おひめさまにあうかなっておもったの」

「まあ、ムイちゃんが選んでくれたの?」

「うん。てあみのレースでできてるんだよ。とってもきれいだから、おひめさまに!」

「まあ、なんて素敵なの。ありがとう、ムイちゃん」


 侍女のメアリさんが受け取って、なんとその場で付けてくれた。鏡を持ってきたメイドさんも微笑ましそうに眺めてる。どしたの、前はなんだか厳しい系だったのに。メアリさんてば、オレのこと「どこの者とも分からぬ」とかなんとか言っちゃってたもんね~。


「どうかしら?」

「わぁ、かわいい! おひめさま、ちょーにあってる!」

「ち、ちょー? でございますか? それはどういう……。いえ、言わなくても結構。幼児の言葉です。気にするのは無駄ですね。ええ。それよりも、姫、これはかなりの一品でございます」

「まあ、そうなのね。メアリがそこまで褒めるだなんて珍しいわ。ムイちゃんの審美眼は素晴らしいわね」

「え、ええ、そういうことに、なってしまいますね」


 メアリさん、面白い!

 オレはにこにこしてメアリさんを見上げた。メアリさん一瞬固まったけど、オレを見てぎこちなく話し掛けてくれた。


「……なかなかの、良い品をくださいましたね。姫にとても似合っておりますよ」

「うふー」

「後ほど、どちらでお求めになられたのかお教えくださいますか。わたくしどもでも利用したいと思います」

「うん、いいよ! あのねぇ、ムイちゃんもねらってるのがあるんだー。かわいいレースがいっぱいなんだよ。こんど、あむところもみせてもらうの」

「そうですか。ところで、あなたは男子なのでは? 男子がレースの店に入ったのですか?」

「そうだよ?」

「男子が入るような店ではないでしょう」

「どうして?」

「どうして、とは……。レースを編んだり、それらを使うのは女性です」


 キリッとした顔で言うんだけど、オレ、首を横にした。おっと、斜めに倒れちゃう。慌てて元に戻して、メアリさんをジッと見る。


「きれいなものをきれいだなっておもうのは、おとこもおんなもかわりないよ?」

「そ、それはそうですが。あなたはまだ幼児とはいえ、男子です。男子たるもの、女性の通う店に通うのはいかがなものかと――」

「あのね、ムイちゃんはムイちゃんです」

「は?」

「ムイちゃんには、ムイちゃんってなまえがあるの。あなた、じゃないんだよ?」

「……」

「メアリ? ムイちゃんと呼んでおあげなさい」

「は、はい」

「それからムイちゃんが伝えたいのは、綺麗なものは誰が見ても綺麗ってことよね?」

「うん! このみはあるの。でもねぇ、きれーっておもうきもちはおなじ! それにね、ムイちゃんはおみせのひとに『またおいで』っていってもらったんだ~」

「お店の方に気に入られたのね」

「えへー」


 それから、レースがどんな風に飾られていたのかや店主さんがイケメン紳士なのに繊細なレースが編めることを教えてあげた。

 お姫様はとっても喜んでくれたよ。




 プレゼントについてのお話が落ち着いたら、今度こそお茶の時間。

 お茶を淹れてもらってる間にお菓子の用意が別室でされてるみたいなんだけど、なんか匂いがする! こ、これは――!?


「もっ、もしかして、チョコレート!?」

「あら、ムイちゃんはもうチョコレートを知っているのね。最近、南の国から入ってきたばかりなのよ」


 オレはソファから立ち上がってしまった。尻尾がぶわっとなっちゃう。パウラさんが慌てて背後から手を伸ばして座るよう肩をトントンするんだけど、ダメ。尻尾が拒否しちゃう。


「では、これは知っているかしら。この季節にチョコレートを好きな方に食べていただくと仲良くなれるらしいの」

「そ、そ、それは!」


 バレンタインだー!!


「わたしはムイちゃんと仲良くなりたいと思って、用意してもらったのよ」

「う、ううー。ムイちゃん、うれしい……」


 ぽろんと涙が出てきた。驚いたのはパウラさんやお姫様よりメアリさんだった。


「どっ、どうされたのですか」


 って、言ってから蹌踉めいてる。そこに、お菓子をワゴンに載せて運んできたセバスちゃんが。


「ムイちゃん、どうしましたか!」


 オレを抱き上げて揺する。セバスちゃんが積極的だし、抱っこが上手くなってる気がする。だから余計にオレは甘えてしまう。ぐいぐい頭をこすりつけた。


「ムイちゃん? 何かあったのですか」

「あの、あのね、おひめさまが」

「姫が?」

「なかよくなりたいって、いってくれたの。ムイちゃん、すごくうれしかったから」

「あ、ああ……」


 ほうっとした溜息があちこちから聞こえてきた。



 オレは心の内を話した。


「あとね、ムイちゃん、チョコレートもらうのはじめて」

「ええ、そうでしょうね、輸入されたばかりですから」

「おとこはね、かぞくいがいからチョコレートをもらってはじめていちにんまえなんだよ」

「……はい?」

「おんなのこからチョコレートもらうのは、おとこのほまれ。いい、セバスちゃん? これはせんそうなんだよ」

「せん、戦争!?」

「そう。おとこのたたかいなの。おんなのこにどれだけチョコレートをもらえるか。ムイちゃんはこれを『バレンタインせんそう』となづけました」


 うむ。間違ってないはず。名称はまだないと思うのでオレが付けました。


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