073 王宮に到着




 抱っこで運ばれてると、すれ違ったほとんどの人が目を剥いてリスト兄ちゃんを見てた。たぶん、でれでれ顔なので驚いたんだと思う。わかるー。

 リスト兄ちゃんてばツンデレさんだもんね。ツン九割デレ一割だから、希少!

 よく見ておくがいいよ。ふふん。


 ハスちゃんはルソーががっちりリードを握って横を歩かせてる。尻尾は別の生き物みたいに動いてるけど、本体はしっかり歩けてるので躾教室の地獄の特訓は生かせてると思う。

 その後ろからメイドのパウラさんが付いてきてる。もう一人お付きの人はリスト兄ちゃんの王宮での秘書。護衛は要らないんだって。

 そんな話をしてたら、あっという間にお姫様の部屋に到着。

 兵士さんにご挨拶して、中の返事を待つ。

 その間に腕から下ろしてもらったんだけど、そわそわしちゃう。ハスちゃんも匂いで分かるのかな。尻尾がもうヘリコプター。あれは飛ぶね。


「どうぞ、中へ」

「わーい!」

「わおーん!!」


 皆が一斉にハスちゃんを押さえにかかった。大丈夫、分かってましたよ。だからオレもリスト兄ちゃんもルソーも秘書さんもがっつりハスちゃんをブロック。

 おかげでお部屋に突撃は免れた。

 もうこれだけで一仕事終えた感あるよね。


 どうぞって言ってくれたメイドさんが引いてるけど、ごめんね、お茶会の間はずっとこれです。むしろ人数減っちゃうので危険度は増すと思う。だけど呼んだのはお姫様だから……。諦めてください。



 ドン引きしてても王宮の、しかもお姫様のメイドさんは優秀だ。数秒で気持ちを立て直して中に案内してくれた。

 控えの間っぽい場所を通り抜け、広間ですかって聞きたいぐらいの部屋も素通りし、ソファの置かれた応接室と隣り合うコンサバトリーに到着。


「すごーい!」


 半円状に張り出したサンルームの中には花壇がある。鉢植えじゃないよ、花壇。鉢植えは天井からぶら下がってる。丸い容れ物で蔦が這っているから一見しても鉢植えって分からないの。おっしゃれー!

 姉ちゃんがコンサバトリー付きの元華族のお屋敷ってホテルに泊まった時、写真撮ってきてくれたんだけどあれよりも豪華。ううん、たぶん、リアルで見てるからそう感じるのかも。


「ムイちゃん、いらっしゃい」

「おじゃまします! あ、えと、おまねきありがとうございます」


 急いでペコリと頭を下げると、ポシェットにいたコナスもぴょこんと動いた気配。偉いね、コナス。

 ハスちゃんは「わおん!」と元気に鳴いて存在感をアピール。うんうん、ぶれないね。


 そのハスちゃんは尻尾が増えたんじゃないかなってぐらい尻尾がうるさい。それもそのはず、お友達のリボリエンヌが今か今かと待ってるのだ。そう、主であるお姫様の「遊んでもいいよ」の合図を。


 お姫様は「仕方のない子」って笑うと、リボリエンヌに声を掛けた。


「お庭で遊んでらっしゃい。囲いの外へ出てはダメよ」

「ぉん」

「ハスちゃんだったわね? あなたも一緒に遊んでらっしゃい」

「わおーん!!」

「あ、まって、ハスちゃん。いい? ドーンはきんし。あばれちゃダメ。ひきずるのも、こわすのもだよ。わかってる?」

「わおん!」

「いうこときかないと、もうにどとあえないよ? わかってる?」

「わぉ、ん?」

「よーく、きくように。なにかひとつでもこわしちゃうと、ムイちゃんたちははさんします。なぜなら、ここにあるのはおたかいものばかりなの。そう、くにでいちばんのおかねもちのいえです。だから、むしょくのムイちゃんではべんしょうできないんだよ。そしたらね、ハスちゃんもかいぬしのムイちゃんも、なかまのコナスもいえをおいだされてろとうにまようんだ。わかる? おいしいものたべられなくなるし、さむくてこごえちゃうし、もうだれともあえなくなるんだからね」

「くぅ~ん」

「おともだちともだよ。だから、ゆーっくり、そーっとあそぼうね?」

「わぉん……」

「ん、わかったならいいの」


 ふう。これだけ言って聞かせれば大丈夫。

 大丈夫、だよね?

 一応念のためルソーには引き続きリードを持ってもらおう。オレにはパウラさんがいるし、いいよね。チラッとルソーを見たら変な顔。唇噛んでる。え?


「ぐふっ、いえ。では、わたしはハスちゃんと外に出てきます」


 笑いを堪えてた?

 お姫様やお付きのメイドさんたちを見た。秘書のセバスちゃんもいる。みんなオレを見て笑ってる。

 え、なんで。

 オレが固まってると、お姫様は優しく笑った。


「犬が何か壊しても、それは犬がしたことよ。ムイちゃんに請求しないわ。安心してね」

「ハスちゃんにせいきゅーしちゃう?」

「ふふっ、しないわ。大丈夫よ、安心して。それに白竜様がムイちゃんを追い出したりなんてなさらないわ。大事な使い魔なんですもの」

「そ、そっかな~」


 えへ。なんだか嬉しくなってオレはくねくねしてしまった。


「もし、もしもよ? ムイちゃんが寒い中震えていたら、わたしが助けます」

「おひめさまが?」

「ええ。でもね、その前にあなたを助けてくれる人はたくさんいると思うわ。そうでしょう?」


 お姫様がオレの背後を見た。振り返るとパウラさんがしっかり頷いてる。パウラさん!


「ムイちゃんの周りには良い人がいっぱいいるわね。だから安心して伸び伸び過ごすのよ」

「はーい!」


 オレは片手を上げて元気いっぱいにお返事した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る