072 ホームシックと読めないハスちゃん




 リスト兄ちゃんの寝室にそーっと忍び込むと、抜き足差し足でベッドによじ登った。

 ……よじ登ろうとした。


「ムイちゃん、何をしているんだい?」


 しがみついてたオレを、リスト兄ちゃんが気付いて引っ張り上げてくれた。首元で縛ってあったタオルケットの端も解いてくれる。重いから首に荷重がかかって苦しかったんだよね。良かった。


「あのね、ムイちゃん、リスト兄ちゃんといっしょにねてあげようとおもったんだよ」

「……そうか。そうだね。寂しかったから一緒に寝ようか。おいで」


 男に恥をかかせないなんて、さすがはリスト兄ちゃん!

 オレは急いでお布団に入った。タオルケットはリスト兄ちゃんが掛けてくれる。体をもごもご動かして、一番気持ちいいところに収まったらスーッと力が抜けた。

 リスト兄ちゃんがポンポンとオレのお腹のあたりを叩いてくる。最初の頃とは雲泥の差! 幼児の取り扱いに慣れてきた。


「明日はわたしも共に王宮へ上がろう。カルラ姫のサロンへ案内したら仕事に戻るが、帰りも一緒に下がるつもりだ。迎えに行くまでおとなしく待っていなさい」

「あい」

「あの犬がいるから『おとなしく』とはいかないだろうが」

「リボリエンヌがいるからだいじょーぶ」


 たぶんね。

 オレはうとうとしながら、リスト兄ちゃんとお話をした。でも安心したらポカポカしてきて。ちょっとだけリア婆ちゃんがいないの寂しかったけど、リスト兄ちゃんがいて良かったなぁ、なんて思って。

 そしたら、ふいーって声が出て、あとはもう夢の中だった。




 翌朝、またメイドさんにお風呂で磨かれて、綺麗な格好をさせられた。

 オレが人型になれて良かったよね。じゃないと大変。レッサーパンダの格好に礼服なんて……あれ、可愛いかも……?

 ううん、ダメ。窮屈だよ、きっと。今でも窮屈なんだもん。


「ムイちゃん、お静かに。胸元は触ってはいけませんよ」

「はーい」

「尻尾はきちんと全部出ていますか? 気持ち悪くないでしょうか」

「ちゃんとでたー」

「はい。コナスちゃんは専用ポシェットの具合、どうですか」

「ぴゃ!」

「だいじょーぶだって」

「ようございました。本日もわたくし、パウラが付添人をいたします」

「わーい」


 昨日のメイドさんが今日も付いてくれるみたい。慣れた人なので嬉しいな。お名前も覚えた!

 パウラさん、オレが喜んだらニコッと笑ってくれた。すぐ真顔になっちゃったけど。


 その後、ガチガチに固められたハスちゃんが登場して、ルソーと一緒に馬車に乗った。パウラさんも一緒。


「ハスちゃん、それはおようふくっていうより、かわのよろい?」

「そうとも言えますね。獣用の防護服になります。慣れないため違和感があるのでしょう。ですが、急に走り出すことはありません」

「わおん!」


 なるほど。ハスちゃんのドーン対策か。そう言えば、ずっとおとなしい。声は大きいけど。


「ご安心を。体に負荷は掛けておりません」

「よかったー」


 オレの心配を見抜いてたみたい。虐待になってなければいいんだ。ハスちゃんは元気がありすぎるだけで、別に悪気はないんだよね。溢れ出るパワーが問題なだけで。

 もっと運動させた方がいいんだろうな。

 オレが小さいから散歩させてあげられないのもダメなんだよね。一応、お山では遊んでおいでって放し飼いにしてるんだけど、なにしろハスちゃんてばオレが好きすぎるから離れないんだ。

 今日はお友達の犬のリボリエンヌに会えるので、ちょっと期待してる。犬同士、走り回って運動したらストレス発散できるよね。


「ハスちゃん、おともだちとあえるのたのしみねー」

「わおん!」


 いつものハスちゃんでした。あと、体は動かないけど尻尾は動く。バンバンあちこち当たって、ホント大変だった!!



 リスト兄ちゃんは馬車から降りる時も紳士。オレの手をとって華麗にエスコートしようとしてくれた。んだけど、そうじゃないんだ。階段の段差が大きいことに気付いて!

 結局、オレが後ろ向きに降りようとしたのを見てようやく気付いてくれたよ。

 あと、空気を読まないハスちゃんはピョーンと飛び降りようとして「ぐえ」ってなってた。なるよねー。どうしてリード付きの首輪してること忘れるんだろ。

 オレでも「ぐえ」ってなったら覚えるよ。

 ……覚えてる、はず。


「ごほんごほん!」

「どうしたんだい、ムイちゃん。まさか風邪ではないよね」

「これはいやなおもいでをふきけすための、ただのせきばらいだよ」

「そ、そうか。だが、体調が悪かったら早めに言いなさい。カルラ姫に移してはいけないからね」

「おひめさまだもんね! おっけー、たいちょー!」


 首を傾げるリスト兄ちゃんに、このダジャレはまだ早かったかとオレは「やれやれ」って態度で返した。つまり肩を上げて両手を広げるってやつを。

 だけど、リスト兄ちゃんは益々首を傾げた。

 おかしいな、オレのボディーランゲージはそろそろ完璧なんだけど。

 フランには通じたので、たぶんリスト兄ちゃんが上流階級すぎるんだね。宰相やってるんだからそれもそうか。

 ふふ、オレのフランクなボディーランゲージは冒険者のフランにしか通用しないみたい。格好良いのにね!


「ムイちゃんは、たまに変なことを言い出すね。……たまに? いや、常に、か」

「まって、それはどういういみにゃのかにゃ?」


 噛んじゃった。

 ともかくオレは抗議しながら、抱っこされて王宮を進んだのだった。


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