063 番外編03 カザトリのムイちゃん考察




 リア様の屋敷に新しい使い魔が引き取られたという話は、中堅使い魔のルシを通して全員に通達された。遠くで仕事をしている仲間を除き、ほぼ全員が数日のうちに新しい仲間を見にいった。

 ほとんどの使い魔たちは「なんだ小熊猫か」と興味を示さず、早々に戻った。

 しかし、リア様に直接情報を届けているカザトリは「ただの獣」だった幼獣の成長が気になった。

 同じく、リア様の近くで工作活動を行うノーラも新入りを気にしていたようだ。


 ある日、ノーラに執着していたクシアーナ様の件で、何故かカザトリまでリア様に呼び出された。もっと早くに報告してほしかったと思っていらっしゃるリア様に、カザトリもノーラも困ってしまった。それを打開してくれたのが新入りの「ムイちゃん」だ。

 あまつさえ、リア様に憧れているカザトリたちの気持ちを慮り、なんとリア様に触れるというきっかけを作ってくれた。

 これにはノーラだけでなくカザトリも驚いた。一番小さな新入りの子が、先輩使い魔を思いやれるのだ。なんて優しい子だろうと改めて新入りに興味を持った。

 ノーラも同じだ。彼女はいっぺんで新入りを好きになったようだった。

 ノーラは元々、蛇から進化した種で、性質が孤独だ。一人での行動を好む。ところが、新入りのおかげか嫌がらずに共同作業を行うようになった。


 たとえばカザトリに掴まれ運ばれることも厭わない。以前は蛇が鳥に運ばれるのは餌のようで嫌だと言っていたのに。

 信頼関係が生まれたような気持ちになって、カザトリは柄にもなく嬉しくなったものだ。


 使い魔の仕事は、人間社会に溶け込んで「普通」の生活を営みながら、リア様をお助けできるよう力を蓄えておくことだ。

 大抵は冒険者や魔法使いになって働いている。

 カザトリは空から情報を収集し、時に他の使い魔の情報を受け取って精査し、まとめた上でリア様に報告していた。

 地形の変化、周辺の情勢などなど、リア様に必要な情報は多岐に渡る。

 リア様はすでに引退されているとはいえ、今もまだ神の一柱である。現在の神竜様はまだ若く、とてもお一人で請け負えるものではない。他にも神はいらっしゃるけれど、神竜としての力は偉大だからと頼りにされているのが現状だ。

 何か大きな災厄が起これば、リア様もまた対処に乗り出す。カザトリたちは、ささやかではあるが手伝いをさせていただく。


 リア様の使い魔はそれぞれの能力を駆使して各自ができることをしていた。

 それができるだけの力を身に着けるのに、どれほどの鍛錬を積んだか。しかし、だからこそ自信が得られる。それがリア様に拾われて使い魔となったものの誇りでもあった。



 そんなカザトリの前に、ムイちゃんは太陽のように現れた。

 眩しい存在だ。

 いつしか彼の生活を覗き見るのが楽しみになっていた。リア様に直接報告するという栄誉についてはもちろん、最近ではムイちゃんを間近で観察できることが自慢にすらなっていた。


 何故ならノーラが悔しがり、それを聞いた他の使い魔たちが「一度会ってみたい」と言い出すようになったからだ。


 その日も、カザトリは待ち合わせの居酒屋で仲間に話して聞かせていた。


「ムイちゃんはノイエ様の使い魔プルンに、新しい遊びを教えてあげていた」

「どんな遊びなの?」

「遊びか、俺たちは鍛錬ばかりで遊びが何か知らないんだよな」

「鍛錬して強くなるのが楽しかったからなぁ」


 口々に話す仲間たちに、カザトリは人型の姿に慣れず変な動きで頭の毛を動かした。どうしてもそこが「寝癖」のように逆立ってしまうのだ。

 ノーラが手で直そうと試みているがピョコンとはねるのが分かった。彼女がこんな風に触れるのは珍しい。見ていた仲間たちが唖然としていた。


「どうしたんだ、ノーラ。お前たち、まさか種族の壁を超えて?」

「何を言ってるんだ。まったく」

「そうよ、違うわよ。これはね、つい、手が出たの」

「つい?」

「ふふ。この間、ムイちゃんの寝癖がひどくて直してあげたのよ。最初はリア様がお手で撫でてらしたのだけど、強情で直らなかったの。ルシが濡らしてきましょうって言ったら、ムイちゃんがわたしのところに走ってきて――」


 ノーラが誇らしそうに、まるで花が咲くかのごとくに微笑んだ。


「ギュッと抱き着いてきたの。『ノーラがいい~』って」

「……それはまた」

「すごい子供だな」


 仲間が驚くのも当然だ。ノーラは使い魔の中で唯一の女性だが、決して弱いわけでも優しいわけでもない。むしろ誰よりも厳しく、強さも上位に位置している。

 普段は冷たい表情の多いノーラが、これほど朗らかに笑うのをカザトリたちは知らない。


「ムイちゃんたら、リア様の手付きだと痛いのですって。意味は分からないけれど『ごいんごいんにされる』って言ってたわ。ルシなら丁寧に直してくれるだろうけど、わたしにやってもらいたかったそうよ」


 ふふふ、と自慢げだ。カザトリはノーラの気持ちが少し分かる。ムイちゃんに頼られると嬉しくなるのだ。

 リア様たちが全員で「かくれんぼ」なる遊びをした時、カザトリは一番に頼られた。ムイちゃんを掴んで空に逃げるという役目を引き受けたのだ。キャッキャと喜ぶムイちゃんは可愛らしく、カザトリまで一緒になって遊んだ気がした。

 ノーラも同じだ。彼女はムイちゃんに親しみを持たれたことが嬉しかった。何の遠慮もなく、ただただ子供らしく甘えてきた小さな仲間。


「その時にね、ムイちゃんが『ねぐせ、なおされるときもちいいの』って嬉しそうに話していたから。わたし、リア様に『抱っこ』された時のことを思い出したのよ。リア様は偉大なお方だけれど、だからといって偉そうにされる方ではないわ。ムイちゃんを抱っこしてキスもするの。わたしにもよ? だから、わたしが同じようにしてもいいんじゃないかしら? そう思ったの」

「……それは何やら面白そうだ」

「ああ、そうだな。俺たちも『抱っこ』や『キス』をしてもらいたいぞ」

「ふふふ。だったら、まずはムイちゃんを見に行ってみるといいわ」

「そう、そうだ。ムイちゃんはどんな遊びをしていたんだ?」

「話が飛んでしまったが、そうだった。カザトリよ、ムイちゃんの新しい遊びとはなんだ?」


 カザトリを見る仲間たちの表情が、今まで見たことのないものになっていた。楽しさを見出した、とても明るい笑顔だ。これが「ワクワクとした表情」に違いない。


 カザトリはテーブルに前のめりになって、口を開いた

 ムイちゃんがルシに怒られ、リア様のお子様方から驚きを持って見られた遊びについて。


「ムイちゃんはな、階段の一番上から小さな木箱に乗って滑り落ちたのだ――」


 皆の表情はまだ明るい。カザトリを見て笑っている。何故か。カザトリもまた、楽しい気持ちで皆に語っているからだ。


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