037 赤ん坊じゃないのと赤ん坊なのと




 冒険者ギルドの見学に行けることになったオレたちは、足取りも軽くフランに付いていった。

 前回はルシがささーっと説明して、あっという間に連れ出されたからね。

 今回はしっかりバッチリ見学するのだ。


 扉の前に立つと、なんだか興奮しちゃう。オレはふんふんっ気合いを入れて扉を押した。

 ……開かなかった! なんで!


「ムイちゃん、何してるんだ。遊んでるのか?」

「あかないの!」

「ああ、重いからな。暴れる奴が多いせいで鉄製にしたんだよ。ははは」


 そこ、笑うとこ?

 オレはぷんっと怒って尻尾でフランを叩いた。


「どうした、甘えてるのか? よしよし。抱っこしてやろう」

「ちがうー」

「違うのか。赤ん坊ってのは分からんな。ま、中に入るぞ」


 赤ん坊でもない!

 抗議しようとしたけど、フランはオレをサッと抱っこしてギルドに入ってしまった。そしたら当然オレの意識は中に釘付け。

 仕方ないよね!

 オレは早速、周りをチェックした。ふむふむ。依頼ボードに、受付に、ビールを飲んでる冒険者!!

 いかにもな風景に、オレの気分は上がりっぱなし。尻尾もご機嫌になってしまった。釣られてハスちゃんも尻尾ぶんぶんだし、コナスも頭のヘタがひょこひょこと動いてる。髪の毛(たぶん)が動くなんて、なかなかの芸達者。いいなー。

 オレは眉や耳を動かそうとしたら顔がグギギってなるタイプだから、余計に羨ましい。


 オレはフランに「あっちいって」「こっちも」と指示を出して動かした。フランはロボット役をきちんとやってくれましたよ。

 ルシほど上手じゃないけどね!


 受付には綺麗なお姉さんがいて、オレのテンションは最高潮。お暇な時間帯だったみたいで、にこにこって相手してくれる。


「フラン様、とても可愛らしい獣人族の子ですね」

「ああ。母さんのところのだ」

「まあ! 白竜様の?」


 可愛い小さな角持ちのお姉さんは顔を赤くした。待って、なにゆえ、リア婆ちゃんのお話で顔が赤くなるの?

 そこは王道だと、冒険者Sランクのフランを見てポッとなるべきじゃないかな。

 あと、オレみたいな可愛い子にキャーと――。


「あらっ? あの子どうしたのかしら。フラン様のお連れの子?」

「ねえ、可愛い赤ちゃんがいるわよ」

「なんて愛くるしいのかしら」


 他の受付のお姉さんたちがキャーと騒ぎ始めた。……オレにじゃないよ。だって、視線がずっと後ろなんだもん。

 何、どういうことなのと、オレは振り返った。そしたらフランまで振り返ってしまって。


「もう!」

「うん?」

「ムイちゃんもみたかったの!」

「そうか」


 フランはオレを抱き直した。くるっとひっくり返し、脇の下に手を入れて両手で抱き上げる格好なんだけど、そのせいでぶらんぶらん。

 なんで。


 でも、視界は良好。遮るものなし。ぶらんぶらんされたまま、オレは入り口付近を見た。大きな冒険者男がドアを開けたまま下を見ている。

 そこにはオレと同じぐらいの大きさの獣人族の子がいた。


「じゅーじんぞくの子だ」

「そうだな。耳が上にある。黒いな」


 熊かな? とフランが呟く。オレもじいっと観察。でも耳だけじゃ分からないんだよね。尻尾が見えないし。お顔は垂れ目系の可愛さ。

 お尻がぽってりしてるからまだオムツみたい。赤ちゃんってそれだけで可愛いのに、まんまるお尻なの反則級に可愛い!


 オレたちが見ていると、赤ちゃん獣人族もこっちに気付いた。あっ、って顔してる。

 その時、扉を開けたままにしていた冒険者男が困った顔でフランを見た。


「フランの知り合いの子じゃないのか? ほら、お前も。立ち止まってないで、開けてやったんだから行ってこい」

「……! はいでちゅ!」


 きゅんっ!


 オレだけじゃなくて、冒険者男も周りの人もみんなが胸を押さえた。だってだって「でちゅ」だよ!?


 その子はよちよち歩いて、フランの前に来た。オレまだぶらんぶらんされたまま。

 あの、降ろして?

 空中に浮遊したまま赤ちゃんを見下ろす図って、ダメだと思うんだ。


「フランちゃんでちゅね? ぼく、プルンでちゅ」

「お、おう……」

「もしかしてかくしご?」

「ムイちゃんは黙ってような」

「うむ!」


 賢くお返事! でも、体はぶらんぶらん。

 コナスがちょっぴり心配そうに定位置のポケットからオレを見ている。

 ハスちゃん? ハスちゃんはそんなこと気にしない男なのだ! なんたって今の状況関係なく、隣のパブっぽいスペースでお肉食べてる冒険者の近くにスタンバイ。何目的か、すぐに分かっちゃうよね!


「ぼく、かんちちてまちた」

「……うん?」


 かんち。かんちって、何。赤ちゃん言葉って難しいよね。

 オレは早速、解読タイムに入った。早押しクイズに挑戦する気持ち。けど、よく考えたら早押しクイズって脊髄反射で動ける人用にできてると思うの。

 ……そういうのちょっと苦手。


 フランもダメだったみたい。天井を見て思案中。のフリして、たぶん考えてないに一銀貨。てことは、オレの財布の中身が増える!?


「ちゅいちぇきもちてたでちゅ」

「ほう?」


 あれ? ねえ、オムツした赤ちゃんなのにお話できてる!

 も、もしかして、この子はスーパー赤ちゃんじゃないかな。


 ハッ! これってまさか!


「ムイちゃんに、ライバルとうじょうなの!!」



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