035 無心になる親父さんとハリウッドスター
まあね。そんなこと言ったって人生ってそう上手くはいかないよね。うん。分かってた。
フラン、すぐ戻って来ちゃうんだもん。
そして見習いの子は奥に引っ込んでから出てこない。
仕方ないのでオレはコナスと遊んでた。
「せっせせーの、よいよい……」
「何やってんだ」
「あっ、フラン! ししょー」
「お前、心の中では師匠って呼んでないだろ?」
あわわわ!!
平常心よ、オレに宿れ! 大丈夫、オレはリア婆ちゃんと暮らした男。魔王様みたいなリア婆ちゃんの前でも冷静になれる男なのだ。
「なんだ、その顔。やっぱり面白いな」
「まって。それ、どういういみ?」
「ハハハ。さ、とりあえず飲め。歩き通しで疲れたろ。小さい容れ物はコナス用にな。分けてやれ。犬はさっき外で馬の水桶から勝手に飲んでたみたいだからいいだろ」
いろいろ問題発言を口にして、説明もないままフランは奥に行ってしまった。
作業部屋に勝手に入っていいの、という突っ込みも間に合わないまま……。
「……とりあえず、ハスちゃんはメッ。かってにのみくいしちゃダメだっておしえたよね?」
「きゅぅぅん」
「こういうときだけ、しょんぼりのフリしてー!」
「わぉん!」
嘘泣きならぬ、嘘しょんぼりです。
ハスちゃんの得意技。でも誰も引っかからないので、演技力はどうやら大根役者並みの模様。
でも実は犬の躾は、何かあったその時その場で言い聞かせないとダメみたいなので、今のオレの叱り方は良くない。
だから、くどくど注意はしないのだ。
オレはコナスと手遊びをする間、ハスちゃんに「突然お座り」を命じて彼に「緊張する」を覚えさせることにした。
ピッと指差して「おすわり!」って言うと、一瞬だけキリッとした顔で「わぉん!」と鳴いてお座り。なんだけど……。
「しっぽはうごいちゃうよねー。わかるー」
オレの尻尾も言うこと聞いてくれないからね。
今ももふんもふんと揺れてるし。
で、待っていたら、落ち着いた親父さんと見習いの子とフランが戻ってきた。
なんだか親父さんがげっそりしてる。大丈夫かな。
「とりあえず、分かった。理解した。いや、理解したつもりだ。今までもフランにゃ、驚かされてきたからな。もうないだろうと思ったが、ありやがる。そう、上には上があるってことだ。仕事も同じだ。ここで終わりだと思ったらそいつの能力はそこまでのもんよ。作っても作っても、まだ上がある。そう思って挑まないとダメってことだ。なあ、そうだろ?」
なんか語り出しちゃった。
あと、自分に言い聞かせてるみたいなんだけど、ぶつぶつ語ってるから良い話のようなのに全然入ってこない。それどころかホラーだよ。
オレがドン引き状態なのに気付いたのか、フランは苦笑して肩をひょいと上げる。ハリウッドスターみたい。カッコイイのでオレも真似てみたいけど、さすがに空気を読める男なので今はやらないよ!
「……さあ、じゃあ妖精さんをじっくり見ようじゃねえか。動きを確認して、採寸も必要だ。オレク、計り紐と紙を持ってこい!」
「へ、へい!」
見習いの子は真面目に親父さんのお話聞いてたみたい。偉い。弟子だもんね!
オレも師匠であるフランのこと、ちゃんと見習わなきゃ!
よし、今ならできる。
ふんっ!
「ムイちゃん、どうしたんだ。肩でも凝っているのか?」
「……ちがうの!」
「違うのか? でも、さっきから動きが変だぞ。ああ、小便か。便所は裏にあるぞ。落ちないようにな。ここは古い便所だから小さな子がたまに落ちるんだ。ははっ」
待って。
ほんと、フランって突っ込みが多くて困る。情報過多だよ。もう!!
「ムイちゃんのこれはちがうの! おしっこじゃないし! あと、こどもがおちるのわらっちゃダメ!!」
「お、おう」
肩をひょいっと格好良く上げるのが、どうして変な動きに見えるのか分からないけど、ジェスチャーって案外通じないって言うからいいんだよ。
オレは根に持たない男。大丈夫。
それより、おトイレ問題です。
落ちるの分かってたら対処しよう。子供用の板を作るとか。
親父さんが見習いの子と一緒にコナスの採寸を始めたので、オレはフランをちょいちょい呼んだ。
あ、その前に親父さんに一言。
「コナスは『かわいいようせい』さんだけど、かっこいいけんがごしょもうなの。それから、わるいこじゃないんだから、へっぴりごしはやめて」
「……分かった」
「ぴゃ!」
「わっ!」
うーん。溝が埋まるにはまだ時間が必要みたい。
なら、オレのできることは今はないのだ。そして今オレができることがある。
「フランししょー。おトイレのかいぜんをようきゅうします」
「……は?」
「いたをもってきて!」
「……へいへい」
フランは驚き顔だったけど、待ってるのも暇だと気付いたみたい。すぐに動いてくれた。
オレがこうやって切ってーと頼めば「ほう」と納得顔。ふふふ。オレの頭脳に驚いたね?
むふん。
それにしても、イケメン冒険者は「ほう」って一声だけでも格好良く聞こえるから、つくづくイケメンっていうのはズルイのだ。
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