第30話 赤ちゃんじゃない、未来の話




 なまじ、オレに前世の記憶や知識があったせいで、変に気を回しすぎたんだ。


「ムイちゃんは自由に遊んでいるから分かっていると思っていたよ。変なところで変な気遣いがあるね」

「だって……」

「ムイは、頭でっかちなのさ。どれ、こっちへおいで」


 ルシに抱き着いていたオレの体を、リア婆ちゃんが簡単にむしり取って胸に抱き締めてくれた。


「冒険者になりたいのなら、なればいい」

「……ほんと?」

「ああ、本当さ。ただし、あんたはまだ赤ちゃんだ」

「ムイちゃん、もう赤ちゃんじゃないよ」

「ははは。じゃあ、赤ちゃんに毛が生えたぐらいでいいね?」

「うーん。わかった!」


 リア婆ちゃんは楽しそうに笑った。


「どちらにしても、あんたはまだ幼児だ。冒険者になるには早い。それは分かるね?」

「うん」

「もう少し待ちな。たくさん遊んで、学んで、一度しかない子供時代を楽しむんだ」

「うん!」

「その上で、冒険者になってみたらいい。幸いにして? あたしの三番目の息子が冒険者だ。良い先輩になるだろうよ」

「うん!! フラン、ムイちゃんの師匠になって!!」


 ついでなのでお願いすると、フランは「おう」と即答してくれた。ルソーお爺さんは何度も頷いてる。ハンカチで目頭を押さえているから泣いているのかな。

 ルシはスッと消えて、またソファの後ろ。


「ムイちゃん、おとなになったらぼうけんしゃになる! でも、それまではちゃんとつかいまするの。ぼうけんしゃになっても、ムイちゃんはつかいまなの!」

「そうかい」

「ムイちゃん、いっぱいべんきょうするね!」

「そりゃいい。頑張りな。あんたの得たものは、あんたのものだよ。永遠に糧となるんだ」

「母さん、そんな説明じゃ難しいって」

「あんたよりムイは頭が良い。分かるさ」

「ひでー」

「ムイ、あんた、フランみたいなバカになるんじゃないよ」


 親子の言い合いに、オレは笑った。これはリア婆ちゃんなりの愛情だ。それが分かる。

 オレにはもうないものだから羨ましい気持ちもあった。だけど、リア婆ちゃんはそんな嫉妬をさせるような人じゃない。

 分かってる。分かってたんだ。


 オレはリア婆ちゃんに抱き着いた。


「おや、どうしたんだい」

「ムイちゃん、小さいうちはリア婆ちゃんのこどもでもいい?」

「おや」

「ろくばんめ、ううん、せんぱいつかいまのあとだから……えっとぉ……」


 そう言えば何人いるのか聞いてないや。

 きっとたくさんいるんだろうな。

 オレは指で数えるのを止めた。


「せんばんめ、でもいいの。だから、こどもになっていい?」


 リア婆ちゃんは珍しく言葉に詰まったみたい。驚いて目を丸くして、それからゆっくりと笑った。

 オレが初めて見る表情かもしれない。

 まるで女神様みたいな――。


「もう、あたしの子だよ。バカだね。賢い子は賢い子で、やっぱりどこか抜けてるんだろうね。そう思わないかい?」


 リア婆ちゃんが向いたのは扉のところ。

 そこにはリスト兄ちゃんがいた。

 なんか、表現しがたい顔をしている。なんだろ。オレ、これは分かんないな。


「ムイちゃんは、わたしの一番下の弟だ。そうだとも。頭の良い子だから、わたしが面倒を見てあげよう」

「いや、俺が面倒見るんだろ? 冒険者になるってんだから」

「フランには任せられない」

「あのなー」


 ……これって「喧嘩は止めて」って台詞を使っていい場面かな?

 そんなことを考えていると、リア婆ちゃんがオレの顔を元に戻した。真正面に見る。


「これから、いろんなことがあるだろう。ムイはまだ三歳だ。未来はどうにだって進める。その時々でやりたいこと、夢は変わるものだ。それを悪いことだなんて思わないでいい。あたしだって、長い人生の中でいろいろなことがあった。本当にいろいろね」


 しみじみと語る姿に少し震えた。オレなんかが理解できるようなものじゃない。そんな気がした。

 でもそうだ、リア婆ちゃんはオレよりずっとずっと人生の大先輩だった。前のオレを合わせても全然足りない。

 どんな人生だったんだろう。


 リア婆ちゃんは笑って、オレの肩や腕を撫でてくれた。


「変わらないものもある。ムイがムイだってこと、それと、あたしの子供であることだ」

「うん」

「それ以外は変わっていいんだよ」


 リア婆ちゃんが何を言いたいのか分からないけど分かる気がした。

 オレが、ちゃんと自分ってものを持っていたらいいだけなんだ。きっとそう。


 オレは右手を挙げた。


「ムイちゃん、いまやりたいのは、つかいまのおしごと」

「そうかい」

「ハスちゃんのしつけと、コナスのめんどうもみるの」

「そうだね」

「あと、ときどき、ぼうけんがしたい!」

「……ふふ、そうかい」


 大人になって冒険者になり、同時に使い魔の仕事をするのが目標だけど。

 でも、今だって冒険はしてみたい。

 だってオレは男なんだ。やっぱり憧れるよね!


「ムイちゃんはまだちっちゃいから、さいしょはぼうけんごっこからはじめるね!」

「おや」

「コナスがまほうつかいなの」

「じゃあ、あの犬は何の役をやるんだい?」

「……ハスちゃんは、うま?」

「犬なのに馬役なのかい? ははは!」


 だってハスちゃんに冒険者の役って難しいよね?


 それは置いといても。


「リア婆ちゃんも一緒にやってくれる?」

「ああ、いいよ。あたしは何の役なんだい?」

「まおうさまー!!」




 その後、オレはフランに「最強の子供はムイちゃんに決定だ」と言われた。

 それから、リア婆ちゃんに角飾りの赤い魔石をプレゼントして「ワイロかよ」って突っ込まれたのだった。

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