第28話 不安、気付かせてくれたこと




 お屋敷に入ると、ちょっとだけ騒がしい雰囲気がした。

 それもそのはずで、お姫様から連絡が来てルソーお爺さんを筆頭に捜索隊が結成されるところだったらしい。

 何のって、オレの。


 セバスちゃんは一体誰にどんな伝言を頼んだのかな。


 とにかく、オレは無事戻ったし、ちゃんと悪者も捕まえたって話を大威張りで説明した。

 ルソーお爺さんとメイドさんたちは「さすがムイちゃん!」と褒めてくれた。



 ルシがリア婆ちゃんに一度報告してくるって言って二階へ行き、戻ってくるまでの間、オレはメイドさんに綺麗にされて待っていた。フランも一階の客間で待機中。

 ハスちゃんは裏で洗われて、しょんぼり。コナスは妖精だから汚れてないってことで、フランと一緒にお茶を飲んでいた。

 ナスがお茶を飲む姿はいろいろと変なんだけど、オレはもう驚かない。フランも驚いてなかった。


 で、綺麗になるとルシが迎えに来てくれて二階に。フランも一緒。コナスも付いてきた。コナスって、ぴょんぴょんと飛び跳ねて移動できるんだよね。本当にナスの妖精ってどうなってるんだろう。不思議。

 ハスちゃんは絶賛反省タイム中なので一階で留守番です。くぅん、って可哀想な鳴き声だけど、オレは知っている。その視線の先におやつがあることを。そのおやつ、フランの残り物だから食べちゃダメなんだけどな……食べたら、また怒られるよ? 知らないからね?



 二階の例のゴージャスなお部屋で、リア婆ちゃんは相変わらず魔王様みたいに偉そうな姿で待っていた。


「ムイ、あんたお姫様を守ろうとして頑張ったんだって?」

「そうなの!」

「しかも、犯人を追いかけたそうじゃないか」

「ムイちゃん、がんばったの!」

「冒険者の男どもと協力し合ったんだってね」

「うん! ぼうけんしゃの……ぼうけん……」


 オレの語尾が小さくなっていくのに合わせて、何故かリア婆ちゃんがニヤニヤしだす。

 え、オレのことからかってる? 笑ってるの?

 ううん、そんなことない。

 リア婆ちゃんは、そんな性格の悪い人じゃないよ。

 これは、オレが勝手にへこんで僻んでるんだ。オレの中にある悪い気持ちが、リア婆ちゃんに責任転嫁してる。


 オレ、悪い子だ。

 だって、本当ならオレは今ここにいなかったかもしれないんだ。赤ちゃんのまま捨てられていたオレは、あの森の中で一番の弱者だった。

 何の力もなかった。オレ、何も持ってなかった。

 それなのにリア婆ちゃんはオレを拾って、育ててくれたんだ。


 感謝こそすれ、オレが持っているこの気持ちは贅沢で絶対に言っちゃいけないこと。



 オレは笑った。

 笑って、右手を挙げた。


「ぼうけん、たのしかったよ!」


 いつもなら「そうかい、良かったじゃないか」って返してくれるだろうリア婆ちゃんは、困ったような顔でオレを見ていた。

 リア婆ちゃんの後ろに立っていたルシも黙ってオレを見ている。


 ルソーお爺さんは固まったまま動かない。皆にお茶を出そうとして、その格好のまま。

 フランは、オレの横で手を上げ下げしていた。オロオロしているのか、リア婆ちゃんを見て、オレを見て……。


 リア婆ちゃんが溜息を吐いた。


「あんたは、もっと賢い子だと思っていたよ」


 オレは飛び上がった。ソファからお尻が離れたと思う。それぐらいドキンとした。

 コナスがびっくりしてポケットから飛び出した。そして、よじよじと登ってくる。オレはそうっとコナスを支えた。支えるフリで、俯いたんだ。

 そしたら、リア婆ちゃんがまた溜息。

 オレはビクッとした。


「ムイ、あんたはもっと、言いたいことがあるんじゃないのかい?」

「ムイちゃんは……」

「あたしは、そんなに横暴な主かい?」

「ううん! そんなことない!」


 だってだって、オレのこと使い魔って言いながら自由にさせてくれてた。できる仕事をやらせてくれる。

 ハスちゃんだって飼っていいって言ってくれたし、コナスのことも笑って許してくれた。

 使い魔なのに。オレ、ただの使い魔なのに!


「あんたが言いたいことを言えないような、そんな主じゃないのかい?」

「ちがう、ちがうよ!」


 だったら、どうすればいいのか分かるだろう?

 そんな目でオレを見る。

 リア婆ちゃんの目を、顔を見て、オレは分かった。


 オレはもっと甘えていいんだ。


「リア婆ちゃん!!」


 ソファから降りて、駆け寄ろうとして、躓いた。

 そんなオレを、リア婆ちゃんは魔法を使って浮かべた。魔王様は慌てない。魔法でちょちょいのちょいだ。

 いつものリア婆ちゃんだ。呆れたような、それでいて楽しいって顔をしている。オレのことを好きって目だ。


「相変わらず、鈍臭いねぇ。でもそこが可愛い。そら、ここへおいで。ムイはあたしの胸が好きだろう?」

「すきだけど、それだと、ムイちゃんがへんたいみたい!」

「……ははは!! そりゃそうだ。でも、まだ赤ちゃんに毛が生えた程度のムイに、誰も変態だなんて言わないさ」

「そうかなあ?」

「そうさ。そうだね、ルシがあたしの胸に顔を埋めたいだなんて言い出したら変態だと言っても構わないよ」

「リア様……」


 ルシが呆れた声で珍しく突っ込んだ。


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