第23話 タヌキじゃない、颯爽と現れる……




 とたたっ、と駆けて向かう。

 そして、もう目と鼻の先まで近付いていた辻馬車の馬の顔にジャンプした。


「ヒヒーン!!」

「くそっ、おい、何してやがる!!」

「しっ知らねえよっ! ちっこいタヌキみたいなやつが飛びついてきたんだ」


 馬は驚いて進行方向を変えた。カフェの玄関で固まっていたお姫様も、ようやく護衛騎士に連れられて店の中へと入った。

 お姫様が「ムイちゃんがまだ外に!」って叫んでたけど、オレよりお姫様の方が大事だよ。

 第一、オレは獣人族なんだ。身軽だし体も丈夫だからね。


 それに、セバスちゃんが犬二頭とコナスを一緒に連れて行ってくれた。それだけでオレは安心。

 コナスは、オレがレッサーパンダになった時に服と一緒に落ちてしまったのだ。ごめんね、コナス。


「くそっ、店の中に入っちまったじゃねーか」

「仕方ねえ、俺たちは予定通りずらかるぞ!」

「でも、馬にタヌキが――」


 タヌキタヌキって、オレはレッサーパンダなの!!

 この可愛い姿が目に入らないのか、と顔を上げたら馬と目が合ってしまった。あ、怒ってる。馬って目を合わせちゃダメなんだったっけ。


「ヒヒーン!!」

「うわぁっ」

「くそ、おい、降りるぞ!!」


 え、そんな。

 そしたらオレが辻馬車にしがみついて騒がせたみたいになるじゃない。

 第一このままでいいわけない。

 どうしようどうしよう。


 オレが焦っているうちに、馬が思ったよりも足を緩めていたみたいで男二人が馬車から飛び降りてしまった。

 だけど、広場をぐるぐる回っていたのが功を奏して、馬は誰もひくことなくカッポカッポとのんびりしたリズムになった。

 オレも「えいっ」と馬の顔から降りてみた。


 ころころころん……。


 ま、まあね、そういう感じだよね!

 幸いにして獣スタイルはモフモフのもっこもこだったので、怪我はしてない。

 オレはシャキーンと立ち上がった。


 ……実際はよたよたしてたかもだけど。


 とにかく、立ち上がったのだ。そこに馬がえっほえっほとやって来た。


「ヒン」

「おちついた?」

「ブルルルル」

「むちをうたれたの? かわいそね」


 馬は思ったよりも落ち着いていた。やっぱり、あの男二人が悪いことしてスピードが上がっていただけみたい。


 そんなオレたちのところに人がやって来たので、馬はちょっぴりイライラし始めた。警戒して、恐いって感情が伝わってくる。

 オレは一生懸命宥めた。

 すると、近付いてきた男たちの誰かが馬の手綱をひょいと取った。


「よーしよしよし。お前は賢いな。自分で立ち止まるとは偉いぞ」

「ブルルルル」

「うんうん、偉い偉い」


 馬に馴れた人みたいだった。あとネジネジの角が格好良い。

 その男がオレを見下ろした。


「……小熊猫?」

「きゅん、んん、ムイちゃんだよ!」

「獣人族か!」

「とつげきしてきたから、とっさにとめようとしたの」

「ほう」


 男の目がキラりんと光る。

 よくよく見ると冒険者みたいな格好をしてた。軽鎧の胸当てとか肩当てがあるんだ。それに剣も腰に佩いている。

 正直「かっこいい!!」。


 オレが憧れの眼差しで見たからか、男はニヤリと笑った。ちょっとポーズ決めてない?

 でもいいよ。許すよ。その気持ち、よく分かるからね。


「じゃあ、お前さんが頑張ったんだな。状況は分かるか?」

「うん!」


 オレはしゅたっと手を挙げ、かけて蹌踉めいた。レッサーパンダの姿で二本足になるのは割と大変。

 でも尻尾でバランスを取って立ち上がる。


「あのね、ばしゃにのってた、にんそうのわるい男たちがとびおりてにげたんだよ」

「なんだと?」

「そいつら、おひめ、じゃなかった。えーと、おじょうさまをねらっていたかも――」


 オレが語り終わる前に、カフェの方から大きな物音がした。

 カンカンゴンゴンという不快な音もする。オレはハッとした。


「おひめさまがあぶない!」


 オレの声に、目の前の格好良い男と集まっていた冒険者風の人たちが一斉に動いた。


「野郎ども、行くぞ!」


 オー、という大声を上げて、みんな走り出した。馬はびびって後退っていたけど、誰かが手綱を代わりに引き取って誘導している。

 オレは一瞬迷ってから、皆と同じ方向へ走った。


 ちょろちょろと足下を走るオレに、誰かが「うおっ」「なんだ」なんて言ってたけど構わない。

 とにかくオレ至上全速の駆け足でカフェの中に突入した。


 声はもっと奥だ。

 裏庭かもしれない。個室に行く途中に見えたから覚えてる。そこから裏通りへ出られるね、って話もしたんだ。

 お姫様たちはきっと、そこから逃げようとしたに違いない。


 オレがそっちへ向かうと、さっきの男も一緒に付いてきた。

 大きな重いドアは男が開けてくれた。オレだったら、どっちの姿でも開けられなかった。


 そして、裏通りに出てすぐのところで、悪者たちに囲まれて剣を抜いている護衛騎士とメアリに守られているお姫様の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る