第21話 交通事故と一方通行の愛
「護衛たちは何かあった時にあんたまで守るとは思えないが、今は政情不安ということもないそうだ。大丈夫だろうよ。そこの犬っころが心配だが、ま、なんとかなるさ。気をつけて遊んでくるんだよ」
「はーい!」
威勢良く手を挙げ、オレはお出掛け用のリュックを背負った。
ハスちゃんはリードを自分で咥えて持ってきたし、コナスはオレのベルトに作った専用のポケットに自らイン。
準備オッケー。
というわけで、しゅっぱーつ!!
……とはいかないわけで、オレは玄関前でワクワクしながら待ってた。
でもそれほど待つこともなくお姫様はやって来た。
白モフちゃんも一緒だ。
「ぉん!」
「白モフちゃん!」
「わぉん!!」
白モフちゃんは馬車から降りると一目散にオレめがけて走ってきてドーンと、ぶつかった。オレはポーンと跳ね飛ばされそうになったところをハスちゃんに助けられた。
がぶっと尻尾を噛んで止められたのね。
「い、いたい」
「ムイちゃん、大丈夫かい!?」
ルシが駆け寄ってオレを受け止めてくれた。反動でまたポーンとなったから。
人には言いづらい場所、つまりお尻の根っこが痛い。むぐぐ。
オレが呻いているとルシはすぐに患部に手を当てて魔法を使った。簡単な治癒ならルシでも使えるんだって。
人には向き不向きがあるから、ルシは本当は治癒は苦手みたい。でも打ち身程度なら治せるんだ。
ぱあっと温かい何かがお尻を覆って、オレの痛みは飛んでいった。
その間、白モフちゃんはセバスちゃんに叱られていた。お姫様も「めっ」と可愛く睨んでいる。
ハスちゃん? 彼は、ルソーお爺さんにとっても恐い顔で睨まれ中。顔と顔の距離が十センチという、もうキスしちゃいなよ、という近さ。
さすがのハスちゃんもぷるぷる震えてる。
「いいですか、ハスちゃん。あなたの助けた方法は諸刃の剣です。主であるムイちゃん様のお尻を痛めるという、言語道断の――」
ちょっと待って、言い方、言い方ー!!
オレは急いでルソーお爺さんを止めた。オレのお尻の秘密は誰にも言わないで!
セバスちゃんみたいな穏やかな叱り方でお願いします。
と言っても、あっちはあっちで結構恐いんだけど。
「ムイちゃんを跳ね飛ばすとは、なんたる失態ですか。先日カルラ殿下にぶつかった際にもわたしは注意したはずですよ」
「……ぉん」
うん。あっちも恐いね!
とにかく、みっともないところを見られちゃったけど傷は浅い。
オレとお姫様は無事集合できたということで、いざ出発なのだ。
まずは、お店のある中央区まで馬車に乗って移動する。
お姫様の乗ってきた馬車は極力飾りを省いた庶民仕立てらしい。庶民はこんな馬車に乗らないけど。
いいところのお嬢様がお忍びで、というのは古今東西ある話なのでオレはオッケー。
お姫様も、ちゃんとお洋服は膝下ぐらいの丈のドレスになってるしね。前は足首まであったんだよ。裾が汚れないのか気になるやつだね!
「ムイちゃんの今日の服は可愛い、じゃなかった、格好良いわね」
「ありがとー。おひめさまもフリフリでかわいいの」
白い靴下にもフリルがあって、靴は真っ赤なエナメルのつま先が丸い形。お人形さんみたい。
オレは一生懸命、お姫様を褒めた。ふふ、オレもやるときはやるんだ。
お姫様は喜んでお礼を言った。
その間、白モフちゃんとハスちゃんは交友を深めていた。主にハスちゃんがベロベロ舐めてあげる方向で。
白モフちゃんはオレの膝に顎を乗せているので、形としては、オレ←白モフちゃん←ハスちゃんという愛の流れが見えてしまう。
しょんぼりだけど仕方ないよね。愛って一方通行だもの。
「あら、どうしたの、ムイちゃん。急に遠いところを見たりして」
「あいのせつなさについて、かんがえていたの」
「まあ」
話を聞いていたセバスちゃんが口を押さえて震えてる。
酔ったのかな。
そうだよね。いくら仕様が豪華な馬車だといっても、揺れるもの。お尻痛いよね。
そうこうするうちに、お屋敷街を抜けて中央区に到着した。
少し広めの停留所で馬車は止まり、皆で降りる。
オレはハスちゃんのリードを自分の腰ベルトに繋げた。ちょうどコナスと顔を合わせたので、話しかける。
「コナスはえらいね。ずっと、しずかにしてるから」
「ぴゃ!」
「うん、えらいえらい」
ヘタのところをなでなでしてあげた。たぶん、そこが髪の毛で、頭だと思うから。
コナスは両手を挙げて、えっへん顔だ。
微妙にディスられてるのにハスちゃんは「わふわふ」言いながらオレの周りをうろちょろしてる。
安定のハスちゃんです。
でもオレは、おバカなハスちゃんも好きだよ。安心してね。よしよし。
白モフちゃんはお姫様がリードを持ち、オレたちは町を歩くことにした。
今日もお姫様にはメアリという侍女が一緒で、厳しい目で周囲の人を見ている。護衛の騎士さんよりも恐い顔だから、通りがかりの人が怖がって逃げていくよ。
オレはハラハラしながら、ハスちゃんに引っ張られる形でお姫様に付いていった。
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