第19話 妖精と犬とレッサーパンダ




 オレが固まったまま指差していると、ルシも少しだけ黙り込んだ。

 でもすぐに体を揺らして笑い出す。どうしたの? と思えば、ルシはこんなことを言った。


「ムイちゃんと暮らしていると驚くことがたくさんあるねぇ」

「そうなの? じゃあじゃあ、これはおどろいていいの?」

「そうだね。わたしも野菜型の妖精を見たのは初めてだよ。しかも生まれたてだ」


 妖精!!

 オレは驚いて、じいっと小ナスを見つめた。小ナスはオレを見上げてて「ぴゃっ」と声を上げる。

 ひょっとしてオレを追いかけてきたんだろうか。

 ほんの少しだけ、可愛いかもと思い始めてきたところに、ハスちゃんがやって来た。

 やって来てしまった。


「わぉん!!」


 あ、獲物を見付けた顔だ。

 オレは慌てて、実際にはルシが大急ぎで、小ナスを直前で掬い上げた。ハスちゃんに蹂躙される前に。

 ハスちゃんは目の前でかっ攫われて、しょんぼりになった。

 助け出された小ナスはルシの手のひらの上で、震えてる。


「ぴゃぅぅ」

「ぶ、ぶじでよかったね」

「ぴゃ……」

「ムイちゃんとあそびたかったの?」

「ぴゃ」

「そっかぁ」


 ルシが、妖精は悪いやつじゃないし問題ないと言うから、オレは小ナスにおいでおいでした。小ナスは喜んでオレに飛びついた。


「気に入られてるね。稀に人間好きの妖精もいるというから、離れないかもしれない。リア様に伺ってみようか」

「うん」


 たぶん、飼っていいかどうかってことだろうけど、オレはちょっぴり複雑。

 だってナスだよ? この子を前にして、オレはこれからナスが食べられるんだろうか。



 リア婆ちゃんに見せると「野菜の妖精は珍しい」と言って大笑いし、懐いてるなら飼ってもいいと許可をくれた。

 小ナスの名前はコナスにした。安直でもいい。分かりやすければ。うん。


 コナスは妖精なので、そのうち魔法も使えるようになるらしい。

 すでに魔法だと思うけどね!

 なんでナスなのに動くんだろう。ほんと、不思議。


 それより、オレは心配でたまらない。リア婆ちゃんに何度も確認した。


「ねえ、これからキュウリが妖精になったりしない?」

「さあて、それはどうだろうかね」

「ピーマンは? トマトも!」

「ははは、そうなると妖精畑になっちまうね」


 笑い事じゃないのに!

 オレがむくれていると、リア婆ちゃんは笑いながら手を振った。


「大丈夫さ。それはたまたま強い魔力の力が混ざって生まれたものだ。新しい命がそうそう簡単に生まれるものか。大丈夫だよ」

「……だったら、いいの」

「恐かったんだね? そら、こっちへおいで。お腹に乗せてやろう」

「うん!」


 オレはリア婆ちゃんのお腹にダイブして、お胸に顔をぐりぐりした。癒やされる~。

 一緒にいたコナスはオレの尻尾に隠れてしまった。リア婆ちゃんに見せた時も怖がっていたので、魔力や強さが分かるらしい。


 ところで、ハスちゃんはリア婆ちゃんを恐れなかった。

 このことから推察するに、ハスちゃんはやっぱりおバカであるということが分かる。

 オレは心の中で順位を付けた。

 主人のオレ>コナス>>超えられない壁>>ハスちゃん

 うん。間違いない。

 ハスちゃん、ごめんね。でも、強い相手にビビらないのと、気付かないのは雲泥の差なんだよ……。




 帰宅早々に事件があったものの、数日は特に何もなかった。いつものオレの日常だ。

 毎日お勉強と畑仕事と遊びに夢中で、オレもコナスもハスちゃんと楽しく過ごした。


 そうそう。ハスちゃんの躾は厳しく進み、彼は逆らってはいけない相手をちゃんと覚えたのである。すごい進化!

 もちろん、リア婆ちゃんだよ。教えてくれるルシにも逆らっちゃだめ。


 あと、コナスを追いかけない、というルールも覚えた。すごーい。

 ハスちゃんの良いところは「めげない」ところだね。何度叱られても凹まない。落ち込まない。

 しょんぼりすることはあるけど、それは大抵自業自得というか……。

 ダメって言われたことをやって怒られるのだから仕方ないのだ。

 オレも一緒になって怒られるんだから、一緒にしょんぼりしてください。


 うん。オレも勉強では怒られないんだけどね。遊びに夢中になりすぎて家に帰らないと、怒られるんだ。

 三歳だもん。仕方ないよね!


 使い魔のお仕事は相変わらずないけれど、家のお手伝いはちゃんとしてる。コナスは応援係。ハスちゃんは邪魔する係。

 とにかく、ルシの家事のお手伝いをしながら、毎日を楽しく過ごしていた。



 そんなある日。

 リスト兄ちゃんがやって来た。

 オレは急いでお茶出しの準備。覚えたばかりなのでドキドキしながら、お茶を用意してカートに乗せて運ぶ。ルシが後ろから心配そうに見ているのは気付いていたけど、ちゃんとお部屋まで持って行けた。

 ちなみに、ハスちゃんは裏庭に急いで繋いで犬小屋に入れたよ。「ハウス」って言葉を覚えてくれて本当に良かった……。


 オレはカートの下にセットされていた小さな台を取り出して床に置き、カートの上に載せていたカップをそうっと持って台に乗った。


「おちゃです……。どうぞです!」


 ぷるぷる震えながらも、ちゃんとお茶出し成功!

 オレ、偉い!!

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