第9話 執事さんとメイドさん




 そのままリア婆ちゃんが手を振ると、執事さんの取り出した短刀がカランと床に落ちる。ていうか、本当にどこから出したんだろう。素早すぎる。

 あと、切腹って、この世界にもあるんだね。

 オレは早い流れについて行けず、ただただぼんやりと「おかしな」やりとりを眺めた。



 我に返ったというか、流れをぶった切ってくれたのはリスト兄ちゃんだ。

 秘書さんを叱って、メイドさんたちに仕事へ戻るように命じた。

 そうそう、執事さんは執事でもあるけど秘書さんなんだって。その秘書さんに「少しの間、母上が滞在する」から「お世話をしっかりするように」って命令してる。

 お話の最中、切腹しようとしてた秘書さんはすっかり元に戻って(切腹する気はなかったと思う)チラチラとオレを見始めた。

 そうだよねー。

 ルシは自分の足で立っているし、リア婆ちゃんの使い魔だからお側に侍ってるって感じなんだけど。

 オレ、抱っこされちゃってるもんね。


 話がようやく落ち着いたところで、オレは早速挨拶することにした。

 リア婆ちゃんに「下ろして」って腕を叩いて合図すると、しゅたっと床に立った。秘書さんの目がちょっぴり細くなって怖い感じだけど、全然平気。なにしろもっと怖い人が、おっと、これ以上は考えちゃいけない。


 最初が肝心なので、オレは元気よく挨拶した。


「こんにちは! ムイちゃんです! リア婆ちゃんのつかいまです! ……えっと、まだみならいです!」


 どう? 完璧じゃないかな。ふふふ。


 オレは胸を張って秘書さんを見たんだけど……。


「……は?」


 リスト兄ちゃんと同じリアクションだ。

 リア婆ちゃんの言うことがとっても理解できた。リスト兄ちゃん育てたのは間違いなく秘書さんだ。




 使い魔は家族みたいなものだから、主と一緒のお部屋になるらしい。秘書さんはとっても悩んだらしいけど、リア婆ちゃんの一睨みで最上級の客室を用意してくれた。

 オレはルシに抱っこされてお部屋を探検。

 離してもらえないのは、オレが何か壊すと思ってるからかな。でも楽ちんなので構わない。

 あっち、こっちと指差して進んでもらってるとロボットに乗ってる気分。


「ういーん、がちゃ、がちゃっ」

「ムイちゃん、それは何かな?」

「ロボットのまねー」

「うーん、また分からない言葉を使ってるね。習った言葉で話すようにするんだよ」

「はーい」

「ムイちゃんは、お返事はいいんだよね」


 ルシは笑って、客室の探検に付き合ってくれた。一軒家どころか、二軒ぐらい入るよ。すごいなあ。


 一番大きな居間に戻ると、リア婆ちゃんがメイドさんに飲み物を入れてもらってた。


「ムイ、騒ぎすぎて喉が渇いたろう? 何が飲みたい?」

「んーと、んーと。くだもののジュースがいい」

「オレンジがあったね。あとは――」

「リンゴと桃がございますが」

「ムイちゃん、オレンジがいい!」

「だそうだよ。朝食は用意しているそうだから、少しお待ち」

「はーい。ありがとう、おねえさん!」

「……はい」


 メイドさんが顔を背ける。あれ、オレ、もしかして嫌われてるのかな。

 尻尾がしょんぼりしてしまった。

 でも、平気なフリしてグラスを受け取った。


「おいしーね」

「ムイちゃん、グラスは割れるから気をつけるんだよ」

「はーい」

「いや、お待ち。ムイ、こっちへグラスを寄越すんだ」


 きょとんとするオレに、リア婆ちゃんは自分が立ち上がった。オレに「待て」の合図をする。犬じゃないんだけどなー。リア婆ちゃん、たまに手で合図するから。

 で、固まったオレの前に立ち、指を振った。


「これで、不壊の魔法がかかったよ。落としても大丈夫だ。ムイ専用のグラスだと分かるようにしておこうか。……あんた、芋虫が好きだったね。底に芋虫の柄を付けておこう」

「わぁ!」

「こら、傾けるんじゃないよ。絨毯に零れるだろ」

「あっ」


 零れかけたグラスを慌てて持ち直し、そうっと腕を上げて底を覗こうとした。けど、短い手じゃ見えるわけがなくて。

 そうだ、飲み干してしまえばいいんだと思いつき、ごくごく飲んだ。


 その間、リア婆ちゃんもルシも笑ってオレを見ていた。


 あと、メイドさんもずっと一緒だった。

 嫌われてるのかなって思ったのに、そうじゃなかったんだ。


「ムイ様、お代わりはどうですか?」

「もういいの。あさごはんがたべれれなきゅなるから」


 噛んじゃったけど、三歳だからいいのだ。オレは気にしない。それより、もっと大事なことがあるんだ。


「あのね、ムイちゃんだよ」

「はい。はい?」

「ムイちゃんは、ムイちゃんなの」

「……はい。あの」


 メイドさんはリア婆ちゃんではなく、ルシの方を見た。そう言えばリア婆ちゃんとは目を合わせてない。たぶん、雲の上の人ーって感じなんだと思う。だからお側付きのルシに……って、どうしてルシに?


「構いません。リア様もお名前で呼んでおりますし、わたしも然り。ムイちゃんは、まだ小さいので、ぜひ『ムイちゃん』と呼んであげてください」

「は、はい!」


 許可がいるんだ! びっくりしたー。

 でも考えたら、オレってリア婆ちゃんの使い魔だもんね。仕方ないのかー。

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