第8話 お出かけできるってだけで大興奮



 オレが「盗まれたらどうするの」と懇々と説明してあげると、リスト兄ちゃんは困った顔になった。そう言えば、リア婆ちゃんよりも表情があるね。


「……母上の屋敷は、どの国の金庫よりも破られる心配はない。強固な結界が張られているはずだ」


 え、そうだったの?

 オレがびっくりしていると、リスト兄ちゃんは「うむ」と偉そうに頷いた。


「屋敷だけではないぞ。周辺もまとめて結界を張っているはずだ。なによりも、神竜族のトップに君臨する母上の近くに、そうそう盗人がやって来られるわけがない」

「そうなんだ!」

「お前は、最高の主を得たという自覚を持つべきだ」

「……」

「どうした? 話が難しかったのか?」

「……ムイちゃん」

「うん?」

「ムイちゃんって名前なの」


 本当はね、自分のことを「オレ」って言いたいんだけどね!

 そんな言葉使っちゃいけませんって、何故かここでも言われたんだ。可愛くないんだって。姉ちゃんたちも「きゃー、やめてー」って言ってたからね。

 ルシなんて「可愛いうちは可愛い言葉で話すといいですよ」とアドバイス(?)をくれたんだ。可愛い姿の使い魔なんだから、それを生かすべきなんだって!

 それに名前アピールで「ムイちゃん」「ムイちゃん」と連呼してたら、癖になってしまった。


 オレは三歳。だから名前呼びしてもいいのだ。

 リスト兄ちゃんに、持てる限りの目力で伝える。オレは「ムイちゃん」なのだと。


「ムイちゃん、か……」


 勝った!!

 オレは喜んで、抱きついた。リスト兄ちゃんは「わあ」とか「うお!」と声を上げていたけど、オレのことをちゃんと潰さないように抱っこしてくれた。



 その日の夜はルシと大騒ぎして、持って行く荷物を厳選してリュックに詰め込んだ。

 こういう時のためにとルシが作ってくれていたリュックは、小さくて可愛かった。ポケットがいっぱいあるのが、なんだか格好良い。ちゃんと物が入れられるようになってる。


「ルシ、ありがとー!」

「気に入ったのなら良かった。さ、もう少し荷物を減らそうか」

「えー」

「王都にも店はたくさんあるんだよ。玩具はそれほど要らないだろう?」

「……だって、おこづかい、ないもん」


 しゅん、となって尻尾も垂れてしまった。獣人姿でリュックを胸に抱えると、ルシがクスッと笑った。


「わたしが買ってあげよう。それと、お小遣いをリア様にお願いしてみようか?」

「いいのかなあ。ムイちゃん、まだつかいまのおしごとできてないよ」

「仕事はまだまだ無理だろう。でも、リア様の使い魔がお小遣いもないだなんて、変だからね」

「……そう、なの?」

「そうだとも。わたしも蜥蜴時代にお小遣いをいただいた」

「……まって。とかげさんが、どうやっておこづかいをつかうの?」


 オレが疑問に思ったことを告げたのに、ルシは「ぐわっしゃっしゃっしゃ」って大笑いして教えてくれなかった。待って、正解を教えてー!


 それはそうと、ルシの笑い方、おかしくない?




 朝、いつもよりもシャッキリと目が覚めたオレは前日から用意していたリュックを背負って玄関前に立った。

 朝ご飯は王都で食べるんだって。だから起きたらすぐ、行くことになっていた。

 もうワクワクが止まらない。


 ルシは起きてきて、オレを見付けると苦笑いしてた。

 リア婆ちゃんは「おや珍しい」と眉を片方上げる。いつ見ても、どんな格好してもリア婆ちゃんはイケメンだ。

 リスト兄ちゃんが最後に起きてきたんだけど、オレが玄関前でうろうろしてるのを見て、困ったお顔になってる。


「すまん、遅くなったようだ」


 それを見たリア婆ちゃんはピクリと片方の眉を上げた。リスト兄ちゃんがそんなことを言うのは珍しいのかも。そんな感じがした。オレが早起きしたことより驚いてるんじゃないかな。眉の上げ方が違うもの。たぶん?



 一晩経っても全然興奮が収まらないオレを抱き上げて、リア婆ちゃんは皆をまとめて「転移」の魔法で移動させた。

 到着したのはリスト兄ちゃんのお屋敷。転移は行ったことなくても魔力の名残で分かるとかなんとか。よく分かんないけど!

 とりあえず、転移用に使われる地下の大広間から階段を上がって一階に到着。すると、そこには大勢のメイドさんたちが跪いていた。


「白竜様がお出でなさるとは存じず、誠に申し訳ございませぬ」


 メイドさんたちの間を縫うように、すすすとやって来た執事っぽい格好の男性が話す。膝を曲げたままだから、すごいと感動してしまった。オレにはできない技だ。

 たぶん、執事の鏡。

 オレが変なところに感動していると、リア婆ちゃんは目を細めた。あ、これ、怖いやつだ。


「お止め。あたしが、そうしたものを嫌うのは知っているはずだよ」

「……これでもまだ、いけませぬか」

「まったく。あんたに子育てを任せたせいで、リストは生真面目な子になったようなものだ」

「それはつまり、ご叱責と受け止めましてようございますか? では、失礼いたしまして――」


 そう言うと、どこから取り出したのか短刀をスチャッと……。


「それも、お止め」


 リア婆ちゃんが呆れた声で止めた。

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