第7話 イケメン息子のいる国は




 イケメン息子は何度かお口をパクパクさせたあと、オレに言った。


「……さっきは、その、睨んだつもりはなかったのだが。すまなかった」

「ううん。ムイちゃんも、おじ、おにいさんのきずをあばくようなことしてごめんね!」

「……おじさんって言いかけた?」

「おにいさん!」


 自分の「あだ名」を決めた時のように、オレは強く口にした。「おにいさん!」です。間違いありません。

 こういう時は言い切った者勝ちなのだ。

 姉ちゃんが「社会に出るとね、そういう技も必要になるのよ」と病室で語っていたのです。勝ち誇った顔が格好良かった。

 そう、オレも姉ちゃんの技を使う時が来たのだ。


「その顔は一体……。いや、まあそれはいいが」

「で、あんた結局、新しい使い魔の顔を見に来ただけなのかい?」

「……本当は共にいらしてもらいたかったのですが」

「嫌だね。とっくの昔に別れた夫の国なんてさ」


 んん?


「第一、今の王とは血縁でもなんでもないんだ。あの国に縁があるわけじゃない」

「それはそうですが。でも、今でも母上のことを皆が崇め奉っており――」

「そういうのが嫌なんだよ」


 いろいろ複雑なことがあるみたいだけど。

 リア婆ちゃん長生きらしいしね。

 でもオレにとっては、気になることがある。


「おにいさんのおとうさんは、そのくにのおうさまだったの?」

「いや。わたしの父上は王弟だったのだ。強い将軍として、他国を圧倒していた素晴らしい方だった」

「……ふぁざこんもこじらせてるかんじ?」

「は?」


 オレは急いで首を横に振った。ぷるぷると、尻尾も揺れてしまう。


「むかしのことなの?」

「そうだ。竜人族だから長生きではいらしたが。代替わりが続き、今の王室とは血の繋がりはない。だが、わたしは宰相として請われて、引き受けている」


 胸を張って自慢げだ。そっか、お父さんみたいな将軍職には就けなかったけどインテリ宰相にはなれたんだ。それで格好良いところをお母さんに見てもらいたいってことか。

 分かる。オレ、分かるよ。


「はいっ、はい!!」

「なんだい、ムイ」

「ムイちゃん、おにいさんのくにに、いってみたい!」


 部屋の端で立っていたルシが、頭を抱えた。さっきから両手で何か合図してたんだけど、意味不明だった。でもこれなら分かる。

 たぶん、「あちゃー」というパフォーマンスだね!


「ムイ、あんたリストが気に入ったんじゃなくて、人間が見てみたいんだろう?」

「えへ」

「そうだねえ。あんたの人間姿も安定していることだし、一度行ってみても――」

「本当ですか、母上!」

「うるさい。大声で叫ぶんじゃないよ」

「いや、ですが、さっきはその使い魔だって」

「三歳の子供と自分を比べるのかい? 小さい男だね」


 お兄さんはガクッときてしまった。なんだか憐れだ。魔王様みたいなお母さんから「小さい男だ」と言われるなんて。

 オレはもう一度、頭を撫でにソファまで駆け寄った。





 なにはともあれ、オレはとうとう人間のいる町に行けることになった。

 あ、でも竜人族の国だって言ってたから、只人族はいないのかな。リスト兄ちゃんもねじねじの角があるし。

 ちなみに「おじさん」も「お兄さん」も納得いかない様子だったので「リスト兄ちゃん」と呼ぶことにした。「に、兄ちゃんだと?」と狼狽えていたけど、後で「兄ちゃんか……」と口元がピクピクしてたのでデレたんだと思う。



 というわけで、初お出かけが決定した!


 そりゃもう、オレのテンションが上がるのは当然だと思う。

 わーいわーいと走り回って、レッサーパンダになったり獣人族姿になったり。ころころ転がってたらリア婆ちゃんに怒られた。


「そんなに騒いでたら行くのは止めるよ?」


 オレはピタッと止まって、獣人姿に戻り右手をしゅたっと挙げた。


「おちついたの!」

「ふふ。尻尾はまだまだ動いているようだけどね?」

「これはしかたないの。とめようとおもっても、とめられないのがしっぽだから」

「そうかい」

「ムイちゃん、これは、べつのいきものかもしれないとおもう」

「ははは!」


 大笑いする姿に、リスト兄ちゃんは目が零れ落ちるんじゃないかってぐらい驚いていた。

 ルシがそっと教えてくれたんだけど、リア婆ちゃんは子供たちの前では怖い怖い「お母さん」だったみたい。

 そうだよね。魔王みたいだもんね!




 ドラゴル国の王都へ行くのは翌日ということになった。

 オレが興奮してるから一度落ち着かせるためなんだって。それにルシが「リア様のお子様に」夕飯をご馳走したいんだって。リスト兄ちゃんは「そこまで言うのなら」と偉そうに頷いていた。

 でもオレはもう知ってる。リスト兄ちゃんはツンデレ。

 怖い顔をしても「作ってる」ようにしか思えなくなった。

 だから、普通に遊んでいい相手として認識した。


「あのね、これはムイちゃんのたからもの」

「……ただの石のようだが」

「ちがうよ? ほら、ここにとうめいのいしがまざってるの。ひかりをあてると、きれいなんだよ」

「そうか」

「これも、もっていくの」

「……石は置いていってもいいんじゃないか」

「たからものだよ?」


 旅のお供に必須。握って寝るんだ。

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