第5話 お手伝いと探偵ごっことお客様




 裏口から家に入ると、台所横の小さな食堂に向かった。リア婆ちゃんが家にいない時や、おやつの時間はここで食べることになってるのだ。

 リア婆ちゃんがいると広い食堂で一緒に食べる。

 ルシはオレを子供用の椅子に座らせて、ドーナツの載ったお皿とミルクを出してくれた。


「わたしはお客様のお世話があるから、今日は一人で食べるんだよ」

「うん。ルシもあとでおやつ食べるよね?」

「……食べるよ」

「だったらいいの。あのね、ムイちゃんが食べたらこうたいするからね!」

「そうかい。それはいいね。でも、ゆっくり食べなさい」

「はぁい!」


 手を挙げて宣言すると、大好きなドーナツを掴んだ。ちまちまと食べながら、指に付いたお砂糖を舐める。

 うーん、幸せ!

 汗を掻いていたから、冷たいミルクがとっても美味しかった。


 ファンタジーな異世界だったら食生活に困るんじゃないかって思ったけど、そんなことは全然なかった。

 お砂糖を使ったお菓子もあるし、冷たい飲み物も熱い飲み物だってある。

 醤油や味噌っていうのはまだ出てこないけど、なくてもいいかなー。ご飯が普通に食べられるだけで幸せー。



 食べ終わって椅子から飛び降りると、お皿とコップを背伸びして取り、水場に持って行く。最近は自分の食べた食器だけでも洗うようにしているのだ。

 オレの分だけ洗うのは木の食器だから。落としても安全!

 リア婆ちゃんとルシのは陶器やガラスでできてるから危険なんだよね。


 台所は大人用に作られてるから、オレ専用の三段になった台を使う。よいしょよいしょと上がって、予めルシが貯めてくれてた水で洗えば終わり。

 もうちょっと大きくなったら蛇口にも手が届くと思うんだ。


 実は本当は魔法があれば、こういうことはしなくていい。

 でもリア婆ちゃんは懐古主義というか、魔法を使わない素朴な生活に憧れてるんだって。ナニソレだけど、分かる気もする。

 まあそれもこれも、魔法が使えるからこそ言えるんだ。

 オレは魔法はまだまだ使えないから、羨ましい。


 獣人族は身体能力に優れているけど、魔法の方は全種族の中だと下の方であんまり使えないらしい。

 オレは変身できたから、本物の獣人族よりもマシだろうって言われてるんだけど……。

 まだ本格的なお勉強が始まってないので、早く使ってみたいのだった。



 洗い物が終わったから有言実行しようと、お客様がいる部屋へ向かう。

 大きな食堂にはいなくて、いつもみんなで過ごしている居間にもいない。

 オレはポンと変身してレッサーパンダになった。こっちの方が人型の時より鼻が利くのだ。獣になっちゃったという衝撃はもう全然なくて、リア婆ちゃんに引き取られて以来この姿を受け入れている。

 むしろ、人型になった時の方が「あれ?」って思ったぐらい、慣れ親しんでいるんだ。


 で、ふんふん匂いを嗅ぐと、オレの中の探偵が答えを出した。


「リア婆ちゃんの、かんけいしゃ?」


 なんだか匂いが似てる気がする。

 実は、リア婆ちゃんやルシより、オレの方が鼻は利く。

 まあ、そうはいってもリア婆ちゃんは魔法が得意だから「近くに暴れ竜が来てるね」だとか「巨大熊がいるよ」なんてことにサラッと気付くんだけどね。

 ルシも巨体のくせして、その二倍以上の巨大熊を素早く倒してしまうし、オレの勝てるところなんて一つもないんだ。


 ま、いいや。オレはまだ三歳。伸びしろたっぷりの男だからね!


「ムイちゃん、人型は止めたのかい?」

「きゅん!」

「ちょうどリア様がお呼びだったから、おいで」


 ルシが抱っこしてくれて、応接室に入った。落ちてしまった服はルシがサッと持ってくれる。

 応接室にはリア婆ちゃんが一人用のソファでふんぞり返っていた。さすが魔王。じゃなくて、イケメン婆ちゃん。

 その向かいに、褐色肌に白い髪のイケメン男が座ってる。こっちは本物の男だった。リア婆ちゃんに負けず劣らずのムキムキ筋肉だけど、ちょっぴり落ちるかな。


「リア様、ムイちゃんを連れてきました」

「ああ、こっちへおいで」

「きゅん!」


 リア婆ちゃんはオレをぷらぷら掴むことも多いけど、リラックスしたい時はちゃんと腕の中で抱っこしてくれる。

 あんまり柔らかいとは言えないけど、お胸の上に載せてくれるのだ。赤ちゃんの時はよく踏み踏みしたものである。だからエッチな感じは全然ない。本当に「お婆ちゃん」か「お母さん」気分なのだ。

 ……柔らかいお胸ならドキドキしたかもだけど。

 あっ、リア婆ちゃんの目が怖くなった。平静平静。心を無にするのだ。


「ふふ、おかしな子だ」

「母上、その子が新しい使い魔ですか?」

「そうだよ。可愛いだろう」

「ええ、まあ」


 イケメンはリア婆ちゃんの息子だった。そっくりの姿をしているのに、リア婆ちゃんの方が余裕があって魔王様みたい。

 イケメン息子はなんだかビシッとした秘書っぽいよ。


「おや、どうした? 面白いことでもあったかい?」

「きゅん!」

「ふふ。あれは、あたしの息子さ。十分いい大人だってのに、いまだに妻を娶らずふらふらしているんだよ」

「そっ、それは!」

「まったく、あたしの子供たちときたら誰一人、妻を見付けられないときた」

「うぐ……」


 リア婆ちゃんたら、傷口を言葉で抉るんだから。やっぱり魔王様だよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る