第3話 仮の名が決定しました




 オレは結局、訳の分からないまま「使い魔」にされた。

 契約の魔法っていうやつで。

 光の鎖みたいなのが二人を取り巻いたの。それはすごかった。


 でも、喋れるかっていったら、喋れなかった。当然、魔法だって使えるわけなかった。


「そうだよねえ。あんた、まだ生まれたてだものねえ。赤ちゃんじゃ話せないか」


 そう言うと女の人は、オレを手下に渡した。「あんたが面倒みな」と言って。

 たぶん、オレと同じ「使い魔」なんだと思う。

 言葉が理解できてるからオレもそれほど不安にならずに済んでるけど、これ、普通に怖いことじゃない?

 だって、オレを受け取ったの、ごつい蜥蜴顔の魔物みたいな奴だからね!

 普通に「食べられそう!」って思う感じの顔なんだから。


 ていうか、使い魔って魔物のこと?

 どうしよう。

 オレ、魔物だったのかな。

 こんな愛くるしい、もふもふの尻尾持ちなのに。


 不安に思いつつも、だからってどうしようもない。

 オレは蜥蜴さんにされるがまま育った。

 この時はまだ女の人の正体は分かってなかった。

 赤ちゃん相手に誰も説明してくれなかったからだ。






 さて、蜥蜴顔の使い魔先輩はルシって可愛い名前だった。

 愛称になるんだ。呼び名とも仮の名とも呼ぶんだって。

 ていうのも、生き物は育つと神様から「真名」が与えられるから。これは誰にも言っちゃいけないらしい。縛りの強い契約だとか、結婚の時に使うからだって。

 真名は魔物だろうと何だろうと付けられるものなのだ。

 ちなみに魔物は普通に獣のことだった。この世界の生き物は大体、魔法が使えるんだって。で、魔法が使える獣のことを魔物っていう。

 魔物って悪いやつじゃなかった!

 魔法を使えないのもいるけど、人間の種族でも得意なのと得意でないのがいるから「そんなもの」程度らしい。


 んで、その話をお勉強の時間に聞いていたオレは、ちょうど喋れるようになってきた頃でさ。

 それまで名前がなかったオレは、意味のある言葉を喋ったら「それを名前にしよう」と二人が話していることを知らなかった。


 知らなかったんだ……。

 仮の名を付けるのを面倒がっていたこととか、初めて喋った言葉を名前にするだなんてとんでもないことを話していたなんて。

 この世界について学んでる最中だったんだもん。


 だから、ちょうど、昆虫にも魔法は使えるのかって疑問に思ったんだ。


「ムイムイ! ムイムイいりゅね! ムイムイ、まほ、ちゅかえりゅ?」


 ルシだけだったら良かったんだけど、運悪く、いたんだよね。

 オレの主が。


「おや、ムイムイとは、また」

「リア様。では、この子の仮の名はムイムイでよろしいですか?」

「そうだね。可愛いじゃないか」

「はい。良かったな、ムイムイ」

「ふぇっ……」


 そんなの嫌だって思っても、伝えられないし。

 ハンガーストライキで意思表示しようかとも思ったけど、なにしろ赤ん坊だし。


 結局、妥協案として、縮めた名前をプッシュしておいた。


「ムイちゃんは」

「ムイちゃん!」

「ムイちゃんのこりぇは――」


 連呼することで愛称は「ムイ」になった。でも正式の仮の名(なんだそれ、意味不明だよ)は「ムイムイ」のままで、再契約されていた。もちろん使い魔として。






 オレの名前がムイになったのが一歳頃のこと。

 んで、三歳になった頃にオレは進化した。


「おや、ムイ。あんた、獣人族に進化したようだよ」

「めでたいことですね。ムイちゃん、今日はお祝いにしよう」

「……ふぁ!?」


 進化って何だよ。びっくりだよ。オレって獣→魔物→獣人族なのか。種族として、それはアリなのか!!

 って、心の中で思ったものの、語彙が圧倒的に足りないオレはクルクル四つん這いで走り回って興奮を抑えた。


「あんた、獣人族になったんだから、四つん這いは止めな。ほら、人間の手足だと柔いだろうに。おいで」

「きゅん」

「人間の言葉で喋りな。ルシ、あんた共用語も教えているんだろう?」

「はい。舌足らずですが賢いですよ。進化が早いのも元が良かったせいでしょうね」

「ほう。そりゃ、良い拾いものだったね」


 なんて、あくどい感じに話すけど、主はすごく優しい人だった。

 あ、人じゃないや。


「リア婆ちゃん、ムイちゃんは『にんげん』になるの?」

「そうだよ。あたしの使い魔になっても、これほど早く進化することは滅多にないんだ。あんた、元々の魂の徳が高かったようだね。……どれ、視てみるか」


 自分のことを「リア婆ちゃん」と呼べと言うから、そう呼んでるけど、オレをひっ捕まえて目の前に掲げる姿は魔王みたい。

 実際、魔王でもいいんじゃない? って思うんだよね。

 魔法が使える生き物の王、で合ってるもの。

 だって、リア婆ちゃん、神竜族って種族なんだよ。竜の、その上の存在。神って付いてるから、当然めっちゃ偉い人なのだ。


 オレ、超ラッキーだったんだよ。

 神様に匹敵する存在に拾ってもらって、その手下に育ててもらったんだもん。

 ただね、リア婆ちゃん、神すぎて下々の存在の扱いがたまにぞんざいなんだ。

 今も人間姿になったオレを自分の顔の前でぷらぷらさせている。三歳だけど、重さを一切感じさせない力持ちなのだ。


「ふむ。あんた、前世の記憶があるのかい。おや。どうやら、誰からも愛されていたようだね。あんたの来世が幸せであるようにと祈ったようだよ。そのおかげで、ここへ来たんだね」

「しゅごい! わかるの!?」

「分かるとも。あたしを誰だと思ってるんだい?」

「リア婆ちゃん!」


 しゅたっ、と右手を挙げると、リア婆ちゃんは笑った。

 滅多に笑わないリア婆ちゃんなので、ちょっと変だけど。頬だけ動かすのは逆に難しいと思うんだ。でも、ま、いっか。

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