隣人と秘密を共有することになり困ってます
美里愛ちゃんと香帆ちゃんは自宅に戻るなり、新たなコスプレ衣装を見せあっていた。美里愛ちゃんはダークグリーンのコート型ワンピースを身にまとい、香帆ちゃんに「その衣装はお前に似合わん。さっさと着替えろ!」と軍人気取りで命令している。
「はい」
「ねっとりと返事するんじゃない!シャキッとしろ!」
「はい!」
軍人モードの美里愛ちゃんに一喝された香帆ちゃんは、襟元が紫色で、水色のリボンが特徴のセーラー服を着ていた。彼女は部屋の真ん中にある段ボールから衣装を探す。
「おい、白滝清子」
美里愛ちゃんが厳かな口調で僕に呼びかけた。
「何?」
「キーウィノス大佐に向かって何だその口の利き方は!」
美里愛ちゃんの一喝に、僕は思わず震え上がった。彼女は完全に、『フラクタスの要塞』のキーウィノスという19歳の女性大佐になりきっている感じだった。このお話は、果物が魔法エネルギーとして使われる「フラクタス」国の魔法軍隊を舞台にしたライトノベルで、つい最近アニメ化されて第一話が放送されたばかりだ。
「クローゼットに衣装ケースをしまっておけと言ったのに、何をモタモタしておる!」
「いやだって、これ全部僕のじゃないし、僕のプライベートな空間が君の衣装ケースで犯されるのはやっぱりちょっと!」
「つべこべ言うんじゃない!私のコスプレの趣味が、両親にバレて大惨事になったらどう責任をとる!」
美里愛ちゃんはキーウィノス大佐と全く変わらぬ口調で、リアルな話を訴えてきた。僕は仕方なく、クローゼット開け、スペースを空けるように元々しまってあった物の置き場所を移し替えた。
「その作業、10分以内に終えろ」
「ええっ、10分はさすがに短すぎるって」
「できなかったら懲罰魔法だぞ」
「懲罰魔法!?」
「そうだ、私がこの『キウィ・パニッシュ・ロッド』を使えば、お前は戒めの苦痛を味わうことになる」
そう言って美里愛ちゃんは、先端がワンピースと同じ色で、先端にキウイの飾りがついている杖を取り出した。確認だけどここは日本であって、異世界フラクタスじゃないよな?
しかし美里愛ちゃんの姿からは、普段は感じることのない厳格なオーラが感じられたので、僕は恐れをなしてクローゼット内の整理をはじめた。しかし、今まで雑多に荷物を詰めていたツケが回ったのか、なかなか整理しきれない。しょうがないので荷物の一部を外に出し、先に衣装ケースをしまうことにした。
それから自分の色々荷物を詰め込もうとしたが、どう工夫しても詰め切れなかった。
「清太くん、大丈夫ですか?」
「うん、僕は大丈夫」
心配して声をかけてきた香帆ちゃんは、セーラー服からウサギの着ぐるみっぽいワンピースに変わっていた。正面は大きめのボタンで留める形である。でもやっぱり、裾が短すぎる。背伸びしたら隠しきれなさそうなほどだ。リアルに可愛い。全身を愛嬌という名のベールで包まれているみたいだ。
「何をウサギに見とれておる!あと30秒だぞ!」
美里愛ちゃんからの強烈なカミナリである。本物のキウイなら木っ端みじんになりそうだ。
「しかし、香帆よ。実に愛嬌のある着こなしだ。お前は褒めてつかわそう」
「ありがとうございます!」
美里愛ちゃんが香帆ちゃんを褒めているところを尻目に、僕は必死で荷物を詰め込もうとした。しかし詰め切れない。仕方ないので全身で押しつけるように収めようとした。満員電車から溢れかかった人を押し込む駅員さんの気持ちが分かりそうだった。
「5、4、3、2、1……」
迫るカウントダウンに焦って、僕はクローゼットのドアを閉めようとした。しかし手をかけたそのときに、荷物がこぼれ、ドアレールを邪魔してしまった。その有様に僕は絶望した。
「キウイ・パニッシュ!」
この魔法はフィクションです。頭のなかではそうわかっているはずなのに、僕は全身を稲妻で撃たれ、魂を砕かれるような気分になった。
「清子、お前は3秒後、無条件で向きを90度変える」
美里愛ちゃんがシリアスなトーンで僕にそう命じた。実際に3秒後、無言の圧力に操られるように、僕が向きを変えたときだった。
そこにはもう、キウイカラーのコートはなかった。コートは脱皮を受けた虫の殻みたいに、無造作に美里愛ちゃんの足元を囲っていた。
美里愛ちゃんがただいま着ているもの。
アクアブルーの肩ヒモのないビキニ。
僕の鼻の奥で、深紅の水を貯めていたダムが放流された。僕の意思は失われ、体は力を失い、横向きに倒れた。
「清太くん!?」
仰天する香帆ちゃんの声が聞こえる。しかし、それに応える気力は、僕にはない。
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