隣人の女子が僕の部屋を乗っ取るので困っています

「落ち着いて聞いてね」

 美里愛ちゃんは、僕と互いに正座したまま向き合っていた。

「アンタのクローゼットのなかで、いいコスプレができそうな服の組み合わせ、あんまりなかった」


「じゃあ何でクローゼット開けちゃったの!?コスプレに向いてそうな服があるかもわからないうちに!」

「いや、もしかしたら、それっぽい組み合わせあるかなと思って」

「僕の神への誓い返してもらえますか!?ものすごい何かを失ってしまった気がします!」


「あっ、でも唯一コスプレできそうな服の組み合わせあったわね」

「どういうこと?」

 美里愛ちゃんの不思議な一言に、僕は思わず軽く身を乗り出した。彼女は何も言わずに再びクローゼットに向かい、扉を開き、下のプラスチックの引き出しを開けると、中から僕のスクール水着を取り出した。


 中学時代のものなので、何の変哲もない紺色のスパッツ型である。

「コスプレイベントあったら、これ着てくれない?」

 美里愛ちゃんは振り向かずして静かにそう語った。

「どういう意味だよ!何で僕がスクール水着一枚でコスプレ会場ウロつかなきゃいけないの!?」


「『ミッション25』の工藤優太郎のコスプレができると思って。カナヅチな少年が『水の園』っていう異世界に転移して、25メートル泳ぎ切れるまで帰ってこれないってやつ」

「優太郎はたった10歳ですけど!?しかもそれ、ライトノベルっていうか完全に小学生向けの文学作品ですから!僕じゃ年齢層まるっきりつりあいません!えげつない趣味の持ち主と思われます!」


「あっ、そう、じゃあ何も着ないでコスプレ会場ウロつくんだ?」

「事件起きる!この部屋の扉を開けた瞬間、事件成立だからね!」


「ピンポ~ン」

「来た」


 美里愛ちゃんが満を持して立ち上がり、ドアホンには目もくれず玄関へひとっ飛びした。一応とばかりに扉の穴から外を確認してから開けた。

「おはようございます」

「どうもおはよう。早速入っていいよ」


 香帆ちゃんが玄関に上がる。

「だからいきなり上げないで!」

 美里愛ちゃんは聞く耳を持たず、私服姿の香帆ちゃんを連れて部屋に戻ってきた。

「ここが清太くんの部屋ですか」

「そうだけど」

 僕は苦笑いした。


「一応、ここ、第二の部室に決まったから」

 美里愛ちゃんからの更なる非情な告知である。

「なんで勝手に決めちゃうの!?」

「どうせ一人でゴロゴロしてるだけなんだから、異論ないでしょ」

「そのゴロゴロしている時間も大切なんだよ!」


「あっ、そうだ。コスプレの衣装も持ってくればいいか。コスプレの趣味、両親に内緒にしてたし、そろそろバレるかと不安だからね」

「ウチの両親もいつ帰ってくるかわからないよ?」

「帰ってきたときは、正直に私に連絡すればいいじゃん」

「いやそうかもしれないけど、そもそも何で僕が女物の服を預かんなきゃいけないんだよ」


「だから正直に言えばいいじゃない。コスプレ大好きな女の子の友達がいて、衣装を預かってますって」

「気まずくなることに変わりはないと思うけど」

「つべこべ言わない。早速持ってくるからね」


---


 そんなこんなで美里愛ちゃんは、段ボールいっぱいのコスプレ衣装を部屋に持ってきた。僕はそれを見て、自分の部屋がいよいよ本格的に乗っ取られ始めていると思い戦慄を覚えた。

「マジか、マジでやる気か……」


「何よ、どうせ私たちがここでやっていることなんて、親たちは簡単にわかりっこないって」

「だからって、一人のいたいけな男子の部屋を勝手に衣裳部屋扱いにするなんて!段々プライド傷ついていってるんですけど」


「コスプレはプライドを捨てなきゃできない。本来の生まれつきのかたくななプライドを捨て、新しい自分へ生まれ変わる威風堂々のプライドを手に入れるの」

「僕、コスプレしたいなんて一言も言ってませんけど?」

「そう言わずに。ほら、今日の衣装を選ぶわよ」


 美里愛ちゃんはそう言いながら早速段ボールの中身をあさり始めた。

「それじゃあまずは香帆ちゃんの衣装を決めようね」

「わ、わかりました」

 香帆ちゃんは美里愛ちゃんのテキパキとした様子にちょっと引いた様子だった。


---


「まずはこんな感じでどうかしらね」

 美里愛ちゃんが香帆ちゃんに着せたのは、『狐少女ミサキ』のコスチュームだった。控えめなキツネの耳のカチューシャが香帆ちゃんに可愛い個性を与えている。肝心の衣装は、もふもふしたジャケットが香帆ちゃんの安定して山なりな胸を優しく包んでいたが、スカートは相変わらず太ももが半分以上見えるくらい短く、きわどいレベルで切れ目が両側面と後ろ側の3ヶ所に入っている。


 僕は鼻を覆いながら、香帆ちゃんの姿におそるおそる見入っていた。こっそり小指で鼻の下を調べるが、幸いにも出血は見られない。僕は安心して鼻から手を放した。


「こんな感じでいいんですか?なんか、本家よりもちょっとスカートが短い気がするのですが」

「つべこべ言わない。そこはちょっとしたデフォルメ。ミサキだって、ライトノベルでは語られてない部分ではちょっとワイルドになりたいこともあるだろうし、それを表現したってわけ」

 美里愛ちゃんの説明に香帆ちゃんは不安げな様子だった。


「さあ、次のあなたの番よ」

「えっ、僕!?」

「そう」

「ちょっと待ってよ。この箱の中にあるのは、女物のコスプレ衣装ばかりだよね?」


「工夫すれば男の子だって着こなせるよ」

「それも完全に女装を勧めてるじゃないか!僕にはそんな趣味なんてないから!」

「何つべこべ言ってんのよ、アンタもJ.K.C.Kの一員なら、男らしく覚悟を決めなさい!」


「嫌だ!」

 僕はベッドに飛び込んで拒否の姿勢を見せた。しかし、美里愛ちゃんに胴体をロックされ、そこから引き剥がされてしまった。どんなにじたばたしても、彼女の想像を超えた腕力はびくともしない。


「香帆、今のうちに清太のための衣装を選んじゃって」

 香帆ちゃんが言われるままに箱から次々と衣装をピックアップしていく。

「違う、違う、う~ん、どうかな?次行ってみて」

「何真剣に品定めしてるのさ。どれも僕には到底似合わないよ!」

 僕は魂の叫びを上げた。しかし、それが誰かの心に響くことはなかった。


 僕は工藤高校とは別種の、フリルがふんだんに使われた女子の制服を身にまとうことになった。自然な前髪と背中まで長く伸び、末端はカールしながら綺麗に広がったウィッグも一緒だ。自分の現在の格好を見て、僕は絶句した。

「うわあ、ここまで似合うもんなのね」

「なんで僕がこんな目に!」

 僕は天を仰いで叫んだ。


「それじゃあ、清子」

「清太だよっ!」

「いいえ、女装中は清子って名乗りなさい。じゃないとややこしいじゃない」

「誰が僕をややこしくさせていると思ってるんだ!」


「いちいち文句言わないの。清子、私の部屋に行って、次の衣装セットを持ってきてもらうわよ」

 突如として、美里愛ちゃんの部屋に行けという命令である。サプライズばかりで、こんなに気が休まらないこともない。

「何突っ立ってるの。J.K.C.K.としての活動はここから本格化していくわよ」


 美里愛ちゃんは自信満々な笑みを浮かべてきた。


 僕たちは美里愛ちゃんの部屋の前に立つ。虎柄のスクール水着を黒いレインコートで隠し直した部屋の主が扉の鍵を回す。

 開かれた先は、何の変哲もなく、木目状の床や白い壁が綺麗に仕立てられていた。僕と香帆ちゃんは、堂々とした美里愛ちゃんのあとをついていく。


 美里愛ちゃんの自室に入ると、そこに広がった光景は、完全に普通だった。向こう側にベランダを隔てる窓があり、右側にベッドと勉強机、左側にはテレビ台とクローゼットがあった。ちなみにクローゼットは壁一面の3分の2ぐらいを占めている。


「これだけじゃないからね」

 美里愛ちゃんが意味深な予告とともに、クローゼットの取っ手に手をかける。僕はそこに何かとんでもない光景が眠っているのではと予感していた。


「開けま~す」

 美里愛ちゃんがクローゼットの扉を開放すると、中から三台の衣装ケースを取り出した。

「これ、清子の部屋で預かってほしいの」

 あまりに身勝手な要求が僕に突きつけられた。僕の頭から、一筋の冷や汗が垂れた。

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