ようこそ夢の世界へ(?)
「皆さ~ん、コスプレしてみませんか~?」
美里愛ちゃんはウィザードとしての緑色のワンピースのまま、声を張り上げながらグラウンド周辺を闊歩していた。
「夢の世界へいらっしゃ~い♪」
普段のクールな素顔とは裏腹な飛び抜けた能天気ぶりで、早速周囲の注目を集めている。グラウンドでは主にサッカー部が練習中で、見学中の1年生たちが傍らで見ていたのだが、一人残らず視線はこっちに向いている。しかしそれは興味というより好奇の目だった。
「サッカー部たちは練習に集中してね~。気を散らしてたら負けるよ~♪」
注目してほしいのかほしくないのかわからない発言をしながら、美里愛ちゃんが1年生のもとへ駆け寄る。僕は一抹の不安を感じつつ彼女に追従した。
「ちょっと時間いいかな~? かっこいいコスプレしてみたい人~?」
幼稚園の先生みたいな話しぶりで、美里愛ちゃんが自ら挙手する。それはつまり1年生たちに挙手を促している。しかし1年生たちは返事をするどころか、一斉に彼女から距離をとる。間違いない、美里愛ちゃんは不審者扱いされている。僕でちょっとそう思っている。
「どうしちゃったの?もしかして恥ずかしい?」
「僕、コスプレよりサッカーが好きだから。そういう変な格好よりワールドカップ日本代表のユニフォームを着たいから、ごめんなさい」
一人の男子が美里愛ちゃんに頭を下げて、集団から離れた。それだけ彼女に警戒心むき出しなんだ。
対して美里愛ちゃんは、憤りの証として、頬っぺたを膨らませる。君は何歳児なんだ。
「みんな、なんかごめんね。さあ、美里愛ちゃん、行こうか」
「誰に向かって指図してるのよ。研究会長は私」
美里愛ちゃんが僕に軽く当たる。そんなんで語気を強められてもどうしようもないよ。
「自分の意思で行きます。だからついてきて」
僕は完全に美里愛ちゃんの尻に敷かれるんだと思いながら、渋々ついていった。
「コスプレ、コスプレ、コスプレ楽しいな~。だからみんなもやってみませんか~?」
美里愛ちゃんはさっきよりかは一段と無邪気な調子で廊下を闊歩する。とりあえずみんなの注目を集めている。でもなんか嬉しくなれない。周りの生徒達の視線が痛く刺さっているからだ。
「ほら、アンタもコスプレの素晴らしさをアピールしなさいよ」
「何で!?」
「私のコスプレ衣装の数々を見て鼻血流してたくせに」
「それは言っちゃダメ!」
美里愛ちゃんがいきなり僕の右手を掴み、高く掲げた。
「この人も、『女の子のコスプレしたら、今までのダメダメな自分を忘れられる。ヒロインみたいな気分になれて超スッキリする』って言ってました~」
「そんなこと言ってないって!それに女装目当てで研究会しているわけじゃないからっ!」
僕は全否定して美里愛ちゃんの手を振り切ろうとするが、やっぱり振り切れない。彼女の握力はどうやってついたのかが知りたい。
「ウソつかないでよ」
「美里愛ちゃんの方がウソついてんだろ!」
「何よ、明日になったらアンタにぴったりのメイド服を持ってきてあげるからさ」
「そこはメイドじゃなくてせめて執事だろ!」
「メイドよ!」
「何でだよ!」
「見て、この人。そこそこイケメンだと思う人は手を挙げて~!」
美里愛ちゃんの促しに答え、周囲で立ち止まっていた6人の生徒のうち、2人が手を挙げた。後は、多分、彼女の言葉に乗ってはいけない雰囲気を感じているんだ。
「今、手を挙げた人、お目が高い。明日、205号室に来てくれたら、この人のコスプレを5パターンぐらい見せてあげるから」
「勝手に決めんなよ!」
僕は魂の叫びをぶっ放した。
---
「ああ、一気に疲れた」
部室のなかで僕は、扉にもたれながら灰になっていた。
「その佇まいも何かいいね」
「ボクサーみたいってか」
「ううん、女子プロレスラーみたい」
「なんでそうやって僕を女子にしたがるわけ!?」
直後に僕の背中に扉が当たった。僕はハッとして扉からどき、美里愛ちゃんの隣に立った。
「あの……」
扉から顔を出したのは、一人の美少女だった。クール系の美里愛ちゃんとは対照的に、無垢な雰囲気が感じられる。襟足がクルンと内側を向いたお茶目なショートヘア、丸々とした内気な目、滑らかな肌。清潔感のある白い歯を覗かせながら、彼女はためらいがちに微笑んでいた。
「新入部員?」
「はい」
「それじゃあ早速」
美里愛ちゃんはいきなり見知らぬ美少女の手を掴み、ハンガーラックのもとへ引き込もうとした。
「ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って!」
僕は慌てて美里愛ちゃんを引き止めた。
「こういうときは、せめて自己紹介させてよ」
「ええ?」
「何が不満なんだよ!」
「だって、せっかくお仲間ができるんだから、その喜びを一秒でも早く味わいたくて」
美里愛ちゃんは平然と語った。
「わかった。その気持ちはわかった。でも、仲間ができてうれしいからこそ、自己紹介をさせたり、この部活の説明をしたり、それなりの手順を踏まないと」
「アンタは女子のセクシーショットに慣れるのにどんだけ手順踏んでるの?」
「ブーメラン発言やめてくれない?」
「あっ、新入部員、紹介するね」
美里愛ちゃんが唐突に僕に手を差し向けた。
「白滝清太。ウチのマンションの隣に住んでいる人、多分童貞」
「最後の一文は言うな!」
「あの、J.K.C.Kというのに興味を持ってここに来たんですが」
美少女がどこか自信なさげに、改めて目的を話す。
「そうそう、ここは自由気ままなコスプレ研究会よ。ちなみに私が研究会の創設者、奥原美里愛、またの名をフリーダム・ミリーと言います」
美里愛ちゃんはそう言いながら、足を交差し、両手を広げながら大層な挨拶を見せた。
「で、あなたは?」
「橘香帆です。1年C組です」
「香帆ね、じゃあ、香帆はどんなコスプレが好きなの?」
「何ていうか、お姫様系」
「お姫様?それなら言うことないわね」
美里愛ちゃんは自信ありげに口角を上げた。しかし僕はそのスマイルに、ちょっと嫌な予感を覚えた。
「何か企んでる?」
「何も?彼女お姫様にするだけよ。自己紹介終わったんだし、いいでしょ」
美里愛ちゃんは怪訝そうな顔で僕をいなした。彼女は改めて香帆ちゃんを奥の壁際にあるハンガーラックの前へ連れていく。
「もしかして、早速着替えるんですか?」
「当たりじゃん。だから衣装を選んで」
「どこで着替えるんですか?」
香帆ちゃんが素朴に疑問を発した。
「ここでに決まってるじゃん。専用の着替え部屋を用意する余裕は、私にはなくてごめんね」
顔が平然としたままで、全然謝ってない。
「すみません。この人は?」
香帆ちゃんは僕を指差した。その目は明らかに何かを恐れている。
「この人の前で着替えるんですか?」
彼女の発言は核心を突いていた。そう、まさか美里愛ちゃんに加え、もう一人の美少女の着替えシーンにも立ち会うことになっちゃうのか。僕も僕でおののいていた。
僕は香帆ちゃんに配慮して扉に手をかけた。
「行くな」
美里愛ちゃんの非情な一言が、退路を断ってしまった。
「あの、香帆ちゃんなんか恥ずかしがってるみたいだし」
「恥ずかしがってちゃコスプレなんてできないわよ!」
「鬼!?」
美里愛ちゃんの衝撃発言に、僕も衝動的に彼女をひどい言葉で形容してしまった。
「鬼のコスプレもあるわよ?」
「そういう意味じゃないって!」
とぼける美里愛ちゃんに僕は必死で訴えた。もう僕は、泣いてしまいそうだ。
「さあ、香帆ちゃん。荒々しくしないから、制服脱ぎましょうね」
幼稚園児に語りかけるように、美里愛ちゃんが促す。香帆ちゃんが渋々といった感じで、スカートのファスナーに手をかけた。その瞬間、僕は部室を飛び出した。慌てて閉めた扉を背に立っていると、その向こうで服がこすれる音がひたすら聞こえていた。
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