剣と魔法のファイトです!?

「終わったよ。プラス外出るよ」

 かすかに扉を開いた美里愛ちゃんが僕に終了を告げて戻っていったはいいが、二言目の意味が全くわからない。僕はおそるおそる部屋に戻り、二人の女子を見た。


「似合ってますでしょうか?」

 香帆ちゃんが身にまとっていたのは、黄色いセーラー服をベースにした戦士服だ。襟元から垂れ下がる黄色いリボンの両脇に、黄色くて小さなコサージュが2つずつついている。


 腰元にはちゃんと剣らしきものを差している。戦士ならウィザードと比べ物にならないぐらい運動量の多い職業なんだが、なぜか香帆ちゃんのコスチュームの下はミニスカになっていた。想像したら、また得体の知れないドキドキ感が迫ってきてます。多分これは気のせいじゃないと思います。


「似合ってるよ。清太、いつまでモタモタしてるの」

 美里愛ちゃんは聞かれてないのに勝手に香帆ちゃんの問いに答えた。しかしウィザードと戦士にしては無防備なコスチュームで大立ち回りをしたら、いつそれぞれのスカートの中がひらりとめくれてもおかしくはない。そんな想像をしたら、また震えてきて、鼻の奥から何かが流れ落ちてきそうに感じた。


「もしかして興奮してる?」

「いや」

「大丈夫、鼻血は出てないから」

 僕にかわってわざわざ確かめてくれてありがとう、と思うべきなのか。


---


「何でわざわざ屋上なの?」

 予告もなく屋上まで付き合うことになって、僕は困惑していた。

「ちょうど誰もいないみたいだし、ここで一戦交えるわよ」

 美里愛ちゃんは自信満々の笑みで、空一面や建物が広がる周囲を見渡しつつ宣言した。


「香帆、さあ、 イミトの開始よ!」

「イミト……ですか?」

 香帆ちゃんだけでなく、僕もさっぱり意味がわからなかった。

「模擬戦よ」

「だったら最初からそう言ってくれよ」


「異世界では普通に『模擬戦』なんて言ったら面白くないし、リアルじゃないでしょ」

「いや、一応ここがリアル世界だから」

 僕は淡々と美里愛ちゃんを諭したが、彼女は納得がいっていない様子だ。

「何言ってんの。コスプレをしている以上は異世界の住人という設定に忠実にならなきゃ。コスプレは見た目だけ飾ってナンボで終わらないの。中身までしっかり、キャラクターになりきらなきゃ」


 美里愛ちゃんが強気にまくしたてた後、香帆ちゃんの方を向いた。彼女は美里愛ちゃんの迫力に気圧されていた。


「わかりましたか?」

「は、はい!」

 香帆ちゃんは背筋を正しながら頷いた。

「じゃあ、そっちに行って」

 香帆ちゃんは美里愛ちゃんの命令通りに彼女から1メートルほど離れた場所へ行った。


「ユーデックス、アンタ」

「ユー、何?」

 美里愛ちゃんの二つ目の謎の言葉に、僕は戸惑うしかなかった。

「審判、レフリー、ジャッジマンよ。早く位置について」


 美里愛ちゃんの口ぶりは、まるで1192年にどんな幕府が出来上がったかも知らないのかと冷たく責めているみたいだった。そんな彼女のツンツンした態度に不満を持ちつつ、二人の間に立った。


「それじゃあ、これより剣と、魔法のバトルを始めます。レディー……」

「試合開始宣言は『プーノ』」

「あーいちいちうるさいな!」

 美里愛ちゃんが意図的にコスチュームのミニスカをめくろうとした。

「ストップ!ストップ!ストップ!」


「何よ。ちょっと糸くずがついたからつまんでただけよ」

「明らかになんか見せようとしてたよね!?」

「そうかな?まあ私が試合開始宣言の言葉を教えたときの『うるさいな!』って逆らう態度には、ちょっと思うところあったけどね」


「とにかく位置について」

 美里愛ちゃんが再び香帆ちゃんと向き合う。

「プーノ!」

 僕は右手を高く挙げ、試合開始を宣言した。


 香帆ちゃんが緊張気味に剣を抜く。もちろん見るからにプラスチックの作り物だ。

「そんなヘナチョコな棒で私に刃向かおうとでも?」

 美里愛ちゃんが嘲笑いながら香帆ちゃんを挑発する。

「ヘ、ヘナチョコだなんて、言わないでください」


 香帆ちゃんが剣を振るうが、美里愛ちゃんが簡単に前かがみで避けてしまう。

「グラスストーム!」

「うああっ!」

 美里愛ちゃんが何やら草の魔法で香帆ちゃんを苦しめている。ここは学校の屋上、地面はコンクリート一色のまま、当然怪奇現象のひとつも実際に起きているわけではない。


「よくもやりましたね」

 香帆ちゃんが剣を振るうと、美里愛ちゃんの杖と交錯する。つば競り合い。美少女の二人がこんなに熱くやりあっているのを見ると、何かドキドキする。


 剣と杖がぶつかり合っているだけで何かが起きているわけではないが、僕の目には、魔法のエネルギーがほとばしっているのが想像できた。

 美里愛ちゃんも香帆ちゃんも一旦距離を取る。

「それっ!」

 美里愛ちゃんがエネルギーの弾らしきものを放ち、香帆ちゃんがそれをジャンプでかわしたようだ。美里愛ちゃんが何度も弾を撃つが、香帆ちゃんは跳んだり、横にステップしたりして華麗にかわしていく。


「ひやあっ!」

 と思ったら、美里愛ちゃんの一撃が当たり、香帆ちゃんが飛ばされたように地面を転がった。スカートが軽く捲れて、マジでなんか見えそうになっている。僕は生唾をゴクリとしながら、鼻に血がついてないか親指を当ててチェックした。


「アンタみたいなザコごときに、この私に敵うわけないじゃない。そんな人間を何て言うか知っている?」

「身の程知らずだなんて、私はちっとも思っていませんわ」

「そうじゃない。アンタはただの単細胞よ」


「ひどい、なんてことを」

「大体そうよね、単細胞って。自分のことを弱いとなかなか認められない。しかしそれ自体が、アンタ自身の本当の弱さなのだ。いい加減に自分のへっぽこぶりを認めろ!」


「きゃあああああっ!」

 美里愛ちゃんの杖から、非情なエネルギーが放たれるのが、僕の目には「見えた」。香帆ちゃんがさらに後ろへ吹っ飛ばされる。なんか、ダメウィザードが悪の魔法使いに挑む構図に見える。


「自分の運命を悔みながら、暗黒の森に堕ち、屍のようにさまようがいいわ」

 美里愛ちゃんは香帆ちゃんに歩み寄り、上から更なる罵倒をかます。僕も駆け寄り、香帆ちゃんの様子をチェックする。彼女はうつむきながら、美里愛ちゃんの罵りを受け止めるばかりだった。

「私が……屍?」

「そうよ、屍よ。アンタみたいなダメウィザードは、暗闇をさまよっているのがお似合いだって言ってんのよ」


「そう……面白いことを言うわね」

「何がおかしいのよ」

「悪いわね、あなたどころか、誰が私をどう言おうと、これが私のありのままの姿なのよ」

「何を言ってるかさっぱり分かんないんだけど」


「私だってわかんないわ。私ってダメウィザードなんでしょ?」

 ゆっくりと立ち上がった香帆ちゃんの顔は、謎の自信に満ちていた。

「そうよ!アンタはダメで、ウスノロで、単細胞の、チンチクリンよ!」

 香帆ちゃんが胸を押さえ、美里愛ちゃんの言葉が刺さったアピールをした。しかし、活き活きとした目で美里愛ちゃんを睨み返した。


 どうやら彼女は、ディスられることで強くなるウィザード(って設定)らしい。

「魔法学校でも学年成績ぶっちぎりの最下位、評定も5段階のEクラスばかりだそうじゃない。そんな人間が戦いに生きること自体、自殺行為なのよ?そんな判断さえもできないわけ?アンタの脳みそって何でできてるのかしらね?それとも、おバカの星から落ちてきた、謎の生命体だったりしてね~」

 ディスにディスを重ねる美里愛ちゃんだが、その表情に余裕がない。


「私を、なめる人は、こうよ!」

 香帆ちゃんが剣を天に掲げた。どうやら、その剣に稲妻でも落ちたらしい。僕が上を見上げたら、なんとも平和でほのぼのした青空だ。


「アンタをなめたら何?つべこべうるさいのよ!」

 美里愛が躍起になって杖を振るう。しかし香帆ちゃんは剣を自らの前にかざした。どうやらこれで防御しているようだ。

「な、何て力!どこから出てきてんのよ!」


「さあ、どこからかな?」

 香帆ちゃんが剣を突き返すと、美里愛ちゃんが後ろに吹っ飛ぶ。魔法を跳ね返されたようだ。彼女がコンクリートの地面を何回転もロールした。

「もう、許さない!」


 美里愛ちゃんが奮い立つ。しかし、香帆ちゃんが一気に距離を詰めた。

「今よ、バンガード・サンダー・ストライク!」

 香帆ちゃんの強烈な魔剣の一撃が、美里愛ちゃんの体を叩ききった。美里愛ちゃんが魂を抜かれたように、力なく倒れ込んだ。その瞬間僕は、彼女に与えられたユーデックスとしての役目を思い出した。


「戦闘不能!勝者、橘香帆ちゃん!」

「か、勝ったんですか?」

「そうだよ、よくわかんないけど、勝者は香帆ちゃんだよ」

 戸惑う香帆ちゃんに僕は優しく現実を教えた。


「やったあああああっ!」

 香帆ちゃんは飛び跳ねで大金星を喜んだ。勢いのままに僕に抱きついてきた。全くの不意だったので、僕は避ける間もなく、彼女を受け入れてしまった。

「うひょおおおおおっ!」

 顔の内側が熱くなるとともに、僕は素っ頓狂に叫んでしまった。


「あれ、どうされました?」

「いや、別に。ほら、僕はユーデックスというか、審判というか、とにかく試合が終わった後も公平な立場でいなきゃいけないからさ」

「そうでしたか、失礼しました」

 香帆ちゃんが僕に平謝りした。


「それでも、美里愛ちゃんを倒せて嬉しいです!」

「それはよかったね」


「これで、ジュヌベール魔法学校の皆さんも見返せます」

「それもそうかもね」

 僕は香帆ちゃんの言葉に適当な相槌を打った。香帆ちゃんはまるでコロシアムの大歓声に応えるように、四方に手を振って喜びを表していた。ちょっと感動しそうになる。


「こんな感じでいつもと違う自分を楽しむのが、J.K.C.Kだから」

 美里愛ちゃんが急に起き上がり、現実モードで語った。

「切り替わり急すぎ!?」

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