かわいい……(内心ビビりすぎ)

「もう鼻血出さないわね?」

「大丈夫……です」

 相変わらずドライな表情である美里愛ちゃんからの確認に僕は頷いた。ティッシュロケット二本では自分でも説得力ないと感じるし、実際自信ないけど。


「それじゃあ早速」

 美里愛ちゃんが再びスカートのファスナーを下ろす。

「うわあああああっ!」

 僕は咄嗟に顔を伏せた。これ以上ナイアガラの赤い滝を流したくないから当然だ。布が擦れる音が無造作に耳に入ってくる。美里愛ちゃんがスカートだけでなく、制服のほかのパーツも自ら剥いでいるのは間違いなかった。


「あの、いつになったら?」

「何、その愚問?グラタン作りよりは早いわよ」

 美里愛ちゃんは妙な例えで僕の問いかけをはぐらかした。


「さあて、今日はピンクの白い水玉模様が入ったビキニにしようかなあ」

「ウソだろ!?」

 美里愛ちゃんの強烈な宣言を恐れ、僕は床に自分の顔を力強く押し付けた。 このまま床に吸い込まれて、異世界に転移したいとさえ思った。でも異世界に移ったところで、美里愛ちゃんレベルの露出狂キャラと出会わない保証もない。


「ウソに決まってるでしょ。夏じゃあるまいし」

 僕はアリのような体勢のまま、ホッと胸をなでおろした。

「じゃあ、今日はどんなコスプレで」

「ボンデージ」

「ウソだろ!?」

「……以外なのは確か」

 またも独特な受け答えではぐらかされた。


 そんなこんながあって、5分あまり経過したときだ。

「もういいよ」

 僕は美里愛ちゃんの言葉を信じて、彼女の方を振り向いた。そこには、黒地で中央に赤いラインが走った外套を身にまとった彼女の姿があった。外套の裾はヒザ上程度の長さ。もっと全身を優しく包み込んでいるイメージなんだが。


 僕の目からは、外套以外にはニーハイサイズの緑色の靴下以外、見えるものがない。もしかしてその外套のボタンを開いたら、やっぱり……。

 いやいやいやいや、そんな想像してはいけない。僕はそう言い聞かせながら首を振った。

「何そのリアクション。もしかしてまた変なこと考えてる?」

 かすかに顔をほころばせた美里愛ちゃんの指摘が、必要以上に鋭くて僕はテンパった。


「いやいやいやいやいやいやいやいや、そんなことないよ?」

 上ずったトーンで必死に否定したけど、美里愛ちゃんが意味ありげに首を傾げてる。

「しょうがないわね。見せてあげるわよ」

 美里愛ちゃんが背中を向け、ボタンを一つずつ外していく。まさか、まさか、その中身って、はだ……?


「ウィザードです」

 その言葉通り、彼女は緑色を基調とした、ミニワンピースを身にまとっていた。布地の上に深緑のシースルーの覆いがかかっている。スカートのそこからはピンクのフリル、胸元にも同色の小さなリボンが三つ縦に並んでいる。ウィザードというより、妖精に近い格好だった。


「か、かわいい」

 僕は異様な胸の高鳴りを感じながら、彼女を褒め称えた。美里愛ちゃんの新たなる世界観に足を踏み入れた感じがして、体が緊張で震えていた。僕の制服の中は鳥肌まみれだ。


「何ビビッてるの?」

 美里愛ちゃんがちょっと不機嫌な風で絡んできた。

「ビビってないよ」

「どうしてそんなにブルブル震えてるの?入学早々風邪ひいた?」

「今日の朝体温測ったら、36.5℃だったけど?」


「脇にはさむ力が弱かったんじゃないの?」

「何その指摘!?脇で体温計を強くはさんで、わざと体温上げてズル休みの口実作るなら分かるけど、力弱めて体温を下げようとする人見たことないだろ!?」

「それとも、本当は、しちゃってんじゃないの?」

「何をだよ?」

「コーフン」


 美里愛ちゃんは意味深にささやくと、表情ひとつ変えず、右手をわざとミニスカートにかすらせる。ただでさえ短いスカートがふわっと上がり、僕を狼狽させる。

「これはわざとじゃない、アクシデント」

 いや、わざとな気がする。美里愛ちゃんは何もなかったかのように、右手で前髪を軽く整えていた。


「さてと」

 美里愛ちゃんはそう言いながらハンガーラックの下からお手製プラカードを取り出した。て言うかそこにプラカードがあったなんて全然気づかなかったよ。

 彼女が掲げたプラカードにはこう書かれていた。


「J自由

K気ままに

Cコスプレ

K研究会

夢の世界に飛び込め!!」


「それで部員集まるの?」

「自信アリ。高校生はああ見えて、潜在意識の中に自分も知らないもうひとりの自分を抑え込んでいるの。コスプレはその本音をさらけ出す手段。一度コスプレに興味を持ったが最後、その人は非日常的な姿を望み、身にまとい、新たなる自分に生まれ変わった喜びを魂で表現する」

 美里愛ちゃんは誇らしげにご高説だった。


「何が言いたいのかさっぱり分からないんだけど」

「つまり、コスプレ好きな10代、特に高校生もそれなりにいるだろうってこと。私の中学校の卒業式の二日後に行ったコスプレイベントでも、大人に混じって私と同じぐらいの歳のコスプレイヤーが結構いたのよね」

「なるほど」


「よく見てなさい。この学校をコスプレ天国にしてみせるから」

 美里愛ちゃんの壮大すぎる宣言に、僕は今ひとつ乗り切れない。

「大丈夫かよ?そもそもコスプレ部なんて聞いたことないんだけど」

「コスプレ部じゃないの。J.K.C.K.、自由気ままなコスプレ研究会よ」

「どっちでもいいんだけど」


「よくないわよ!」

 美里愛ちゃんはプラカードを捨て、両手で僕のほっぺたを引っ張った。痛い。プラス恥ずかしすぎる。ただのスキンシップだけでも相当なプレッシャーなのに、ほっぺたをつねられている痛みと相まって、僕の心臓は今にも胸を突き破って飛び出すかと思った。


「何赤くなってんの。勧誘行くわよ」

「もう一年生はほかの部活見てるか、帰っているかだよ。もうちょっと体勢整えて明日から」

「アンタバカね」

 美里愛ちゃんは地面にプラカードを逆さまに突き立てながら苦言を呈した。よく見るとそのプラカードの先端はワンピースのスカートに引っかかっている。


「ちょっと待って!」

 僕は二度とスカートの中は見舞いと、またアリになった。

「死んだふりしてもダーメ」

 美里愛ちゃんは容赦なく僕の頭を掴んで引き起こした……!?

「触んないでよ!」

 僕は再びアリになる。美里愛ちゃんに再び頭を掴んで引き起こされる。堂々巡りを恐れて僕は抵抗をやめた。


「勧誘、付き合ってくれるよね?一人じゃ不安だし」

「新入部員入ってくれる自信あるんじゃないの?」

「コンセプトには自信あり。でも一人で勧誘するのちょっと不安だし」

 男子の前で堂々とスカートを下ろす人がよく言うよ。

「何かあった時のアシスト役がいるの。今のところそれにふさわしいのは、誰?アンタしかいませんよね~?」

「……分かりました」

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