第3話 辞令と新聞

 かけた覚えのない目覚ましの音で起こされた井藤は、目をうっすらと開けながら人の気配を感じていた。沢渡は自分でかけた覚えのない目覚ましの音で起き、井藤の寝ているリビングへ向かった。すると、けたたましい音で、井藤の携帯が鳴り響いていた。沢渡は申し訳なさそうに、電源ボタンを押した。

「井藤さん、おはようございます。申し訳ないのですが、目覚ましを切らせていただきました」

「かまわない。だが、その目覚ましは私がかけた覚えはない」

「そういわれましても、私もかけた覚えはないんですよね」

苦笑いしながら沢渡が時計を見ると、時間は午前五時を指していた。

「沢渡君、申し訳ないのだが、私はまだ寝る気だ」

「わかりました。私ももう少し寝させていただきます」

沢渡は少し安心したように布団に戻っていった。

各家庭には徐々に総理大臣からの手紙が届いていた。もちろん井藤の実家や、沢渡の家にも。だが、その内容を井藤と、沢渡はまだ知らない。

 午前八時、井藤は目を覚まし、布団のある部屋へと向かった。そこにはまだ寝ている沢渡の姿があった。井藤は台所に立ち、電気ポットのスイッチを入れた。昨日の天気予報で雨が降ると予報されていた天気は、その予報通り、雨が降り続いていた。曇り空が空一面にひろがっていて、光は部屋の中へ入ってこない。井藤は台所から見える外を見ながら、湯が沸くのを待った。しばらくして沸騰する音と共に、カチリと音がする。注ぎ口のボタンを押し、湯を注ぐ。マグカップを二つ用意してコーヒーを入れ、台所から眺める外は雨。右手に握りしめていた辞令を眺める。

「辞令、ね。私はまだ学生なんだがな」

辞令という文字を眺めてコップを鼻に近づける。鼻孔が刺激され、脳にカフェインが入っている感覚に陥るほどに、井藤にとって学生の身で辞令が届いたのは衝撃的だった。ふと、辞令の下に目を落とす。頭の中で読み上げると、井藤は髭の生えていない顎を撫でるように触った。


「おはようございます」

匂いと音につられて起きてきた沢渡に、コーヒーの入ったマグカップを渡し、テーブルに座った。沢渡もつられて向かいの席に腰を掛ける。テレビをつけて日曜日にやっている討論番組に目を移した。

「沢渡君、私は思ったんだけれど、私たちに来たこの封書は、学生だけに届くものなのだろうか」

いつものなら被せてくる沢渡は寝起きのため反応が遅い。

「学生だけ、ですかね」

「この封書、もしかしたら日本に住む日本人全員に送られているのではないだろうか」

井藤はコーヒーで目を覚ましながら、目線はテレビ番組の討論を眺めていた。すると、その討論番組で、面白いことを口にしていた議員がいた。

「この間、総理が生放送で子供たちに向けて進路を決めるようにと言っていたじゃないですか。でも、あの封書と同じ封筒が私にも届いたんですよ」

この時点で、学生だけに届けられた封筒ではないことが確信に変わった。

とある議員はおもむろに茶封筒を持ち出した。確かに総理はこの封筒をどのようにするのかは、自分で判断するべきだと言っていたが、まさかテレビの場に持ってくるなど、ましてや議員で辞令が書いてあるというのに許されるのだろうか。井藤はあまり関心もなく、その議員を眺めていた。

「こういうことをする議員がいるから、国の討議は前へ進まないのだ」

「何か言いましたか?」

井藤はコーヒーを一口口に含み、目線を変えずに話し始めた。

「この議員。自分にも総理からの封書が届いたと言っている。おそらく、報道番組でこの封筒が学生だけでなく、社会人にも渡っているというのを一番に自分から発したくて行った行為だろう。私は目先だけの事にしか頭が働かない奴が嫌いだ。こういうテレビに出ている奴は特に」

いつにもまして饒舌なのは、おそらく沢渡の脳がまだ起ききっていないからだろうと、自分で推測をするほど、井藤の脳は起きていた。

「この封書が届いているのは、ほかの議員も承知の上だろう。だが、言わないのは辞令が書いてあるからだ。その辞令をこんなテレビ番組で放送するなんて、社会人として人格を疑う」

井藤は顎に肘をつき、テレビ番組を眺める。

「くだらない」

チャンネルを変えようとしたとき、その議員はここで封書を開けると言い出した。すると、いきなり回線が切れ、番組が変わった。その後のニュースで、テレビ番組内で封書を開けようとした議員の行方不明が報じられたが、すぐにそのニュースはないものとされた。

 人の記憶は一度だけの記憶なら簡単に消すことができるのだ。自分に無関係の人ならば尚のこと、一瞬の記憶でとどめることができる。


 日本は予定通り二〇二一年六月より他国の子供たちを受け入れ始めた。飛行機を増便したせいで、連日空港にはたくさんの外人が日本に降り立った。日本に降り立った外人たちは、住むところを決めることや、町の文化になれることなど、たくさんの準備に追われていた。そして、国立大学しか存在しなくなった日本は、今まであった学校を他国の教育委員会に移し、学校の運営などを協議していた。二〇二二年までもう一年もない。すべての準備は加速して行われていった。

 

 沢渡は進学をするのか、就職をするのか迫られていた。両親に相談してみても、自分で選択をするように言われた。それが沢渡には難しかった。今まで新聞に興味を持ち、東京に出てきた。だが、今の日本の教育は、就職するか、大学に行くのか、大学や就職先は選ぶことができない。なぜならば、国が進路を決めるからだった。沢渡は自分に届いた封書を眺めて考えた。

「どうしたらいいんだろうか」

一人つぶやき空を眺めた。答えはまだ出ない。

そして、この日を境に、沢渡は両親と連絡がつかなくなった。


井藤はパソコンを開き、卒業論文の作成をしていた。研究テーマは『世界教育を統一化における、日本への影響について』久しぶりに気が向きラウンジに足を運んでいた。白い壁に、白いテーブル。コーヒーのにおいと、紙がすれる音。それ以外の音は、この部屋では聞こえなかった。すると、鞄の中から音が聞こえる。これは明らかに紙のすれる音ではない。井藤はため息をつきながら、鞄を置いていた棚へと歩いて行った。携帯電話を取り出し液晶を確認。頭を抱えながら通話ボタンを押した。

「沢渡くん。お疲れ様です。どうした―」

「井藤さん、お話があるんです。とても重大な」

言葉を被せてくるあたり、今日の沢渡は頭の回転が速いと予測した。

「重大。急ぎですか?」

「急ぎというほどでもないのですが、井藤さんの意見をお聞きしたくて」

「わかりました。私は今ラウンジで卒論の作成中なので、もし来るならラウンジに―」

「いるんですね!わかりました。伺います。おそらく今からですと、十分ほどで到着します。宜しくお願いします」

乱暴には切れれたわけではないが、やはり沢渡は頭の回転が速い時だけは言葉を被せてくる。物分かりがよくていいとは思うが、たまに他の人ともこんな風に話しているのかと心配になった。井藤は一度卒論をやめ、パソコンの電源を落とした。コーヒーを入れて、こぼされでもしたらたまったものではない。と、気づいてみれば、以前沢渡とこの場所で初めて会ったとき、人にコーヒーなど用意しないと言っていたのを思い出した。以前井藤の家で様々なことについて話し合いをした時も、井藤は無意識に沢渡のコーヒーを入れていた。

「これはとんでもない奴に出会ったもんだ」

コーヒーを二つ入れていると、受付から連絡が入り、沢渡が到着したことを告げた。

「こんにちは、お疲れ様です。論文中に申し訳ありません」

そう言って沢渡は深々と頭を下げた。

「いや、かまわない。座ってください」

「井藤さん。私進路で悩んでいるのです」

コーヒーを沢渡に渡すと、小さくありがとうございますという声が聞こえる。だが、よほど焦っているのか、話を止めなかった。

「進路というと、就職か、進学かとういうことですね」

「はい、以前は就職しようと考えていました。でも、今選択を迫られているのは、就職と選んでも、自分の好きな仕事に就けないかもしれないこと、進路にしたって同じです」

「そうですね、好きな仕事というのは、新聞にかかわる仕事ですか?」

「そうです。昔から新聞社で働くことを目標にしてきました」

井藤はこの時、沢渡の姿勢が自分の教えていた受験前の教え子たちのように見えた。目標をしっかりと持ち、学ぼうとする姿勢。それが沢渡の中に見えたのだ。

「なるほど、ということは―」

「今どうしたらいいのかわからない状態です。なにが正しくて、どうすれば自分に合っているのかがわかりません」

井藤は沢渡をじっと見つめた。この先の進路を決めることは、自分の人生を決めることと同じであること、沢渡が何に本気になり、何がしたいのか、その目から感じ取ろうとしていた。井藤は立ち上がり、ラウンジの壁に黒いペンで何かを書き始めた。

「井藤さん、それ壁で―」

「ここの壁はすべてホワイトボードになっていますのでご安心を」

今まで話を遮られたことのなかった沢渡が話を遮られ、目を丸くしながら井藤を見る。

壁に書かれたフローチャートは、沢渡を中心に、何が好きで、何に興味を持ったのかを井藤が聞いた範囲内で書いていった。そして、そこに肉付けするように、次々と沢渡に聞いていく。これはまさしく授業をしているかのようだった。

「沢渡君が興味を持ったのは、毎日届く新聞にたくさんの情報が書かれていたから」

「そうです、それで―」

沢渡が言いかけたところで手を沢渡の前に出し制止させる。

「特に何の情報が気になったのか」

「特に、政治関係です。なぜかという―」

「沢渡君、文章ではなく、単語で十分です。では、政治になぜ興味を持った?」

「それは、なんでしょう。なんとなく」

「なんとなくではないはず。必ず理由があります。考えてください」

沢渡は今までに見たことのない井藤の姿に、若干引きつつも、考え答えを出した。

「日本の情勢がわかるから」

「そうですか、では逆に、政治以外に興味のあった新聞記事は何ですか?」

「政治以外に、」

沢渡の発言が止まるが、井藤はじっと待つ。沢渡は新聞を思い出し、何に興味があったのかを考えた。

「井藤さんには怒られるかもしれませんが、カンちゃんです」

「カンちゃん!?」

「四コマ漫画の…」

沢渡の返答に井藤は今までにないほどに笑い転げた。カンちゃんは長崎新聞で連載されていた四コマ漫画のことだ。

「失礼。ということは、沢渡君、君は新聞が好きなのではなくて、政治が好きなのではないか?」

井藤が笑いながら言うと、沢渡は考え込んだように手で顎を支え、じっとしていた。

井藤はというと、笑いが止まらず、コーヒーを飲んでむせ返っていた。

「井藤さん。確かに私は政治にしか興味がなかったのかもしれません」

むせかえる井藤には何も声をかけず、咳をし続けて返事もできない井藤に話しかけた。

「確かに、新聞をすべて読んでいたことは記憶をしていますが、内容はあまり覚えておりません。それよりも、カンちゃんの方が覚えています」

「君はむせ返っている人を見たらまず大丈夫ですかと一言聞いてみたほうがいい」

井藤はそう言いながらも満足そうな顔をしていた。

「ということは、沢渡君がやりたいことは明確化されたわけです」

「ですが、やりたいことが明確化されただけでは」

「締め切りはいつですか?」

「締め切りは、今年の九月二十二日です」

「国民の休日ですね。ではそれまでに自分で答えを出してみたらいいでしょう。何事も自分でまず決めてみるということが大事ですから」

沢渡は井藤のおかげで自分のやりたいことが明確化したことはよかったのだが、なぜ井藤があんなにも情熱的に講義のようなことをやったかは理解ができなかった。


 そして、月日は流れ、九月二十二日。国民の休日がやってきた。

沢渡は封書に希望を書き、郵便局窓口へと向かった。手続きは思っていた以上に簡単なものだった。夏が終わり、夜の気温は今までとは違い、急に下がるようになっていた。沢渡は軽いトレンチコートを羽織り、もうすぐで出ることになる下宿先へと向かった。

 ここ最近、下宿先の人たちが引っ越しをするといって、立て続けに出ていったこともあり、いつも賑やかな下宿先は、とても静かだった。東京に来て三年目、はじめは都会の暮らしに戸惑ったこともあったが、最近は情報が常に行き交うこの町が好きなんだと気づき始めていた。

沢渡が出した進路は、大学への道だった。大学に行けば国立で学ぶことができる。いつか自分が社会に出たときに、自分の力で日本という国を見てみたい。そう思った。

以前、井藤から受けた講義は、沢渡にとって、勉強することの楽しさと、今までの勉強の仕方が甘かったことを痛感させられた。井藤の講義のあと、自分で考え、調べ、この国がこの先どこにたどり着くのかを予想し、まずは大学で勉強をすることが大切であると学んだ。

 沢渡はあれから井藤と連絡を取っていない。とっていないというよりかは、連絡をしても応答がないのだ。もしかしたら、呆れられたのかもしれない。そうは思ったが、自然と寂しさや悲しさはなかった。なぜならば、自分の進むべき道がわかったからだ。

 沢渡はいつもの場所に鞄を置き、少し早い夕食の準備を始めた。


 この時、日本ではいろいろなことが動き始めていた。連日連夜放送されていた他国の学生が移住してくるのはもちろんであるが、大学の移行手続きや、施設の完備、学生から提出された進路が振り分けられていた。

 そして、いつの間にか、この国の人々の声は学生の声を残して、消えた。


二〇二二年一月一日

「井藤さんお久しぶりです」

井藤が振り返ると、そこには見慣れた沢渡の顔があった。鼻を赤くし、白い息をせわしなく吐き出しながら、見上げている。

「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます。お久しぶりです。元気でしたか」

井藤はこの日、珍しく渋谷駅前に沢渡を呼び出していた。元旦の渋谷には、いつもなら人がたくさんいるはずだが、今年の渋谷はさほど混んではいなかった。

「沢渡君、進路は提出しましたか?」

「はい、井藤さんのおかげで、自分の納得のいく進路を選びました」

その言葉に何も答えない井藤に不信感を抱きながら見上げると、井藤は沢渡ではなく、全く違う場所を見上げていた。

『明けましておめでとうございます。二〇二二年がやってきました!今年も良い年になりそうです』 

何の根拠もなく、ニュースは今年がよい年になると豪語する。

『さて、早速ですが、ここで重大発表が入っています。町にいる皆さん、この画面にご注目ください』

そう言って、モニターは切り替えられ、現総理大臣を映し出す。

『皆さんあけましておめでとうございます。何事もなく新しい年を迎えられることを心よりうれしく思います。さて、本日私がこの場から皆さんにお伝えしたいことは、今年の四月から始まる世界教育統一化についてです。学生の皆さん、進路の提出ありがとうございました。それぞれの進路は、今日から随時皆様にお届けすることになっています。そして、新社会人になる皆さん。快く国家に入ってくれてありがとうございます。これからこの国を動かしていくものとして、頑張っていっていただきたい。期待しています。それでは、今日本にいる皆さんに、この国について少しお話ししましょう』

総理の演説は一時間にも及んだ。この日本が教育機関となり、各国の子供たちを育成していくこと、そしてそれにより、教育の差をなくし、世界の水準を上げていくこと等の目的が発表された。そして

『今私は、米国にいます。そして君たちの親御さんたちは自分たちの好きな国、行ってみたい国に移住し、すでに仕事を始めている。そう、今、日本にいるのは、各国の子供たち、君たちだけだ。これからは日本を君たちが作り、運営していく。核となる組織には、経験豊富な大人を単身赴任として配置してあるが、主にこの国を動かすのは君たちだ。そして、今日より、日本という名前を改名する』

「え、これはどういう」

沢渡が眉間にしわを寄せて渋谷の町に流れるモニターを凝視する。井藤は表情を一切変えずにそのモニターを見つめ続けた。

『この国の名はALL CHILDREN』


 人がいるはずだった渋谷でのどよめきは、驚くほどに小さかった。空には雲がかかり、今にも雪が降り出しそうだった。井藤は空を見つめ一度目を瞑った。

「沢渡くん、君の進路は、どうしたんだっけ」

「進路は、大学進学にしました」

「君はわかっていない」

「どういうことですか?」

「君は政治を学びたいと思ったのではないのか?」

「政治を学びたいから大学に行こうと考えています」

その言葉に井藤はわかっていないと静かに言って、手袋を取り鞄にしまった。

「沢渡くん、君を私の秘書とする」

そう言って右手を差し出した井藤の目は真剣そのものだった。

「政治を学びたのだろう。ならば、政治に直結することをしなければ、君の学びたいことは学ぶことはできない。進路を選べなくなった今、君が自分の好きな政治を学ぶには、政治家のそばにいるしかないだろう」

井藤は手を差し伸べたまま続けた。

「私は霞が関に入る。そして政治家に任命された。おそらく学歴や家柄からの選抜だろう。辞令という名のあの紙切れには計り知れないほどの効力がある。その辞令に、秘書を三人選出せよと記載があった。選出基準は私に委ねられている」

「でも、私は大学に行って政治を学ぶと決めたんです」

「君がそういうと思っていた」

井藤は鞄の中から書類を取り出した。

「沢渡」

名前を呼ばれて戸惑う沢渡に追い打ちをかけるように井藤はもう一度名前を呼んだ。

「沢渡(さわたり)慎一(しんいち)を井藤(いとう)祐(ゆう)輔(すけ)の秘書官に任命する」

沢渡はわけがわからないまま薄っぺらな紙を受け取った。そこには辞令とかいてあり、一番下には内閣総理大臣の文字があった。

「これは国から出た正式な辞令だ、抗うことはできない」

「でも、私は確かに大学進学と提出しました」

「そのあとに私が私の秘書に沢渡くんを選出したのだ。だから問題はない。手続きももう完了している」

沢渡は、この国が日本という名前を捨てて違う名前になったことよりも、自分が自ら選んだ進路を知らぬ間に変えられていた方に驚き、声を失っていた。

井藤は手袋を外した手の寒さに耐えられなくなり、沢渡の手を無理やり握り、離した。

「日本はもうない、この国は全く違う国へと移り変わっていく。時が立てば慣れるのではない、時が経つにつれて、飲み込まれないように抗わなければならないのだ。今世界地図に日本は無くなった。日本を復元できるのは私たち現学生にしかできないことなのだ。そのために、この国を日本という国に戻そうではないか」

井藤は革の手袋を取り出し、指を通した。

「沢渡君、君は政治が好きだといったね。ならば私の側近として政治を存分に学ぶがいい。そして、その学びを生かして私とともにこの日本をいや、このALL CHIRDRENから日本を取り戻そう」

井藤はそう言って渋谷の街に背を向けた

「井藤さん、以前私に講義してくれたのは何だったのですか?自分で考えろといってくれた…」

井藤は振り返り沢渡を見た。

「あれは、君に対する私の秘書選出試験ですよ」

井藤は長いコートを翻し、沢渡に背を向け歩き出した。

風は冷たく肌を刺すように痛い。町を歩けばいろいろな国の言葉が聞こえてくる。日本という国はもうない。そして頼れる大人もいない。この国に残されたのは、各国の子供たち。

 

これからこの国は、大学生と、大学を卒業した新社会人の手によって回っていく。彼らに選択肢はない。ただ、一つだけ選択できるとするなれば、自分たちがこの国を動かし、選択肢を増やしていくことだけだ。

 日本はもうない。だが、井藤の胸には、議員バッジの代わりに、日本国旗のバッジがつけられていた。

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