第2話 一枚の紙と茶封筒

 日本政府は、世界教育統一を表明した後、徐々にその情報を明らかにしていった。この情報は総理大臣、および秘書三名にしか知られていなかった情報のため、霞が関は連日討議が行われていた。討議は国会だけではなく、テレビ番組で特番が組まれるほど、世界の注目を集めていた。毎日繰り返される討議に疑問や不安を募らせる者たちは、自ら霞が関に足を運んだりするほどだった。だが、国会は揺るがなかった。もうこれが世界で決議された後の話だったからだ。誰が何と言おうと、この結果は変わることはない。

 井藤がいつも通り家に帰って来た時、いつもは新聞しか入っていない郵便受けに入っているものを見つけた。いつもなら新聞しか入っていない郵便受けには、黄色い郵便局からの再配達願いが。差出人は現内閣総理大臣の名前であった。何かの悪戯かと思い、カウンターの上に再配達伝票を置くと、ポケットの中で携帯が震えた。液晶画面を見て、通話ボタンを押す。

「もしもし、井藤で―」

「井藤さんお疲れ様です。今日郵便ポストに何か入っていませんでしたか」

いつもと同じく被せて話す話し方にはずいぶん慣れた。

「沢渡君、再配達届けが入っていたよ。これは何かの悪戯かな?」

そういうと、沢渡は少し小声になり

「違いますよ、これ、本当に総理から来てるんです。とにかく再配達してもらってください。話はそれからのほうがいいと思います。今日はもう夜も遅いので、明日、いつもの場所に十時、いや九時でいかがでしょうか?」

少し早口になっている沢渡の声に、ただ事ではないと察知した井藤は、なぜか少し考えてカレンダーを見た。今日は土曜日、明日は日曜日だ。

「沢渡君、今日これから時間あるかな?」

そういうと、少し戸惑ったように、何かを確認している。

「はい、二十時くらいからでしたら大丈夫そうですが」

「明日は、予定はいってる?」

「明日は休みです」

「そうか、なら家に来るというのはどうだろう」

今まで人を家に入れたことはない。だが、明日は雨予報で、今の時点で既に空が泣いてしまいそうだった。家からは一歩も出たくはなかった。

「いいんですか?それでしたら、準備をして、二十時半には井藤さんのお宅に到着できそうです」

わかったといって電話を切り、そのまま郵便の再配達の電話をした。

いつもきれいにしているはずではあるが、人が来るということもあり、少し掃除をした。

郵便の再配達を待ちながら、ゆっくりとコーヒーをすすりながら新聞を読む。最近ではずっと世界教育統一化の話が一面を飾っている。有名なアイドルとモデルの結婚話や、地銀の合併話、さらにはTPP問題、事件や事故などは一切一面を飾らなくなり、毎日新しい情報が提示される世界教育統一化の記事であふれていた。コーヒーを飲みながら小さくため息をついていると、家のチャイムが鳴った。声を発さずに玄関へと向かい、のぞき穴で確認すると、そこには郵便局員が立っていた。茶封筒には赤い文字で本人以外開封厳禁と書いてある。本人確認をするために、身分証の提示を求められるほど、厳重だった。受け取った封筒の口にペーパーナイフを差し込み、勢いよく封を切る。中から出てきたのは辞令と書かれた紙だった。

「辞令?」

井藤はこれこそ悪戯ではないのかと思い、封筒を見るが、そこには総理大臣の名前が記されていた。不審に思いながらも、その用紙を静かに開いた。


 家のチャイムが鳴り、玄関から動かないでいた井藤はのぞき穴を除き、扉を開けた。

「お疲れ様です。失礼します」

現れたのは二十時半には到着するといっていた沢渡の姿だった。井藤は時計を確認し、二十時半丁度であることを確認した。

「悪いね、どうぞ」

家の中に招き入れると、沢渡が今までに聞いたことない真剣な声で井藤の背に向けて話した。

「井藤さん、郵便受け取ったんですね」

その声に振り返り、井藤はゆっくりと頷いた。

「私は、来年四月から霞が関に入ることになった」

 空からは雨が降り続き、あの時と同じく、打ち付ける雨に、車のライトが当たって光っていた。だが、井藤の目に映るのは、手の中にある辞令と書かれた紙きれだった。


井藤と沢渡はその日、総理大臣から届いた手紙について話し合った。沢渡が受けたのは辞令ではなく、大学進学をするのか、就職をするのかという二択だった。大学に関しては、これから国立大学以外の大学は、様々な国の大学へと移行。就職に関しては、国家所属となり、適性検査の結果、配属されるという有無の手紙だった。今のこの就職難にしてみたら、仕事を与えられるのはとてもありがたいことであるが、なぜ進路を決めることに関して、総理大臣に報告しなければならないのかが不明であった。井藤はというと、国立の大学に所属し、資格などの経歴から、すでに配属を国が決定。来年の四月からはすでに務める場所が決められているという状況だった。なんの説明もないこの紙の効力は、どこまで信じていいのかはわからないが、その日のニュースで明らかとなった。

その報道がされたのは深夜零時。明日が休みということもあり、井藤と沢渡は夢中になり話をしていた時の出来事だった。テレビのチャンネルが変わり、生中継が始まった。


「本日、皆さんのご自宅には、私からの手紙が届いているはずです。本日受け取れなかった人に関しては、早急に再配達をお願いしてください。その手紙に記されているものは、あなた自身のこれからの行く先です。本人以外は厳禁と書きましたが、皆さんに届いた後の処理は、皆様にお任せします。ですが、これは自己責任ですのでご留意願いたい。そして、今回の政策、世界教育統一化に伴い、国立の大学、高校、中学、小学、以外の学校に関しては廃校とし、その空いた学校に関しては、他国に受け渡すことが決まっています。そのため、今在籍している子供たちには、転校手続き、または就職手続きが必要になってきます。その件に関しましては、今皆様にお送りした郵便の質問事項が戻ってきてから、随時お知らせする予定です。お子さんはご家族としっかりと相談してから返信するようにお願いいたします。また、今年六月から、手続きの終わった他国の子供たちが日本にやってきます。いろいろな場所で異文化を感じることになると思いますが、たくさんの文化に触れ、成長していってもらいたい。そう思っています」

テレビで放映されているこの言葉は、すべて幻なのか、現実なのかがわからなくなる。自分は来年の三月に大学を卒業して、政治秘書になっているはずだった。だが、その現実が、今かき消されようとしている瞬間だった。ニュースでは何度も、もうすぐ他国の子供たちが日本にやってきて生活を始めること、教育を一貫性することの大切さや、メリットについて熱く語られていた。国会としては、いや、総理としては、教育を一本化することにより、全世界の子供たちが同じ教育を受け、それを国に持ち帰り、世界の水準を底上げしていこうというのだ。これからの社会を担うのは子供たちだ。だからこそ、子供たちに世界と同じレベルの教育をさせていけば、この地球はもっといいものになる。そういう考えが世界にあったのだ。そして四季のある日本はその場として、とてもいい島国だった。子供たちが成長するにはいい環境がそろっている、そう考えられたのだ。世界からそのように考えられたのはとてもうれしいことであるが、日本の人口に、さらに外国の子供たちを合わせたらどうなるだろうか。住める場所がなくなるのではないだろうか。そう思ってみては、ニュースをみてその問題について聞き耳を立ててみる。だが、まだその件に関しては特に何も言われていなかった。

「井藤さん、これ、日本に外国の子供たちが来るのはいいのですが、住む場所や、たべるものや、文化の違いなどはどうするんでしょうか」

井藤はテレビの方を見ながら、沢渡の言葉に返答できないでいた。確かにその通りだからだ。

子供が来るのは構わない。だが、今住んでいる人たちはどうなるんだろうか。考えてみても答えは出なかった。この日、あまりにつかれていた井藤は、コーヒーを片手に船を漕ぎ始めた。その姿をみて、沢渡はゆっくりとコーヒーカップを受け取り、流しへと持っていき、茶渋がつかないように念入りに洗った。起こしても動きそうもない井藤に話しかけると、逆に布団で寝ろと言われ、沢渡は部屋を探しながら、綺麗に整頓されていた布団に潜り込む前に、用意されていた毛布を引っ張り出し、井藤にかけた。井藤は眉間にしわを寄せながらピクリとも動かない。話している途中で寝てしまった井藤をみて笑いながら、沢渡は白くふわりとした布団に潜り込んだ。

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