第9話 事件発生

 昼食を取り終えた式は、再び仕事をしながらの調査に戻った。

 午後の割り振りは風呂掃除となっている。

 しかし、普通の自宅の風呂掃除とは違い、この館の風呂は一流旅館の温泉並みだ。

 これほど大きな浴室を掃除した経験のない式は、少し不安を覚えながらも清掃を開始した。


「これは掃除のやりがいがあるな」


 もはやただの清掃業者のような言葉を発する式。

 この館で働き始めてから働く喜びを知った彼は、もしかしたらここで働いている理由を忘れているかもしれない。

 浴槽や床はもちろん、洗面器や排水溝の掃除も欠かさない。

 特に排水溝は、髪の毛が詰まりやすいため、力を入れて掃除を行う。


「……ふう、こんなものかな」


 式が掃除を開始してから一時間ほどが経ったその時、


「うわああああああ!」


 と大きな悲鳴が館内に響き渡った。


「なんだ今のは!」


 事件の予感を察知した式は、すぐに声が聞こえた方へと向かった。




 式が到着した頃には、既に四人の人物が集まっていた。

 メイド長の木戸、今日のシフトに入っている冬彦と夏海、そして講義が午前中で終わって家にいた莉奈だ。


「何かあったんですか?」


 式が莉奈に尋ねると、


「あ、式さん。父が……」


 莉奈が向けた視線の先には、頭から血を流して項垂れている正の姿があった。


「!!」


 式は正に駆け寄り、脈を測る。

 しかし既に息絶えていた。


「ダメです。もう……」

「そんな……」


 父の死を聞き、莉奈はその場に座り込んでしまった。


「木戸さん、警察に連絡を。携帯電話を使ってこの場でお願いします」

「は、はい」

「他の人たちは部屋に入らないようにしてください」


 迅速に指示を出す式。

 木戸が連絡をしている間に、式は現場を見渡した。

 現場はこの館の2階の仕事部屋。その部屋の作業場の椅子に座りながら、正は亡くなっていた。

 頭は少しへこんでおり、鈍器か何かで殴られたことが推測できる。それ以外に目立った外傷は見当たらなかった。

 その他に気になることは、正の遺体付近に落ちている湯呑みとこぼれている液体だ。

 うかつに触ることができないのでその液体が何なのはわからないが、落ちている湯呑みから考えられるのはお茶だろう。


(そういえば、冬彦さんが後でお茶を持って行こうって言ってたな)


 どうやら冬彦からはお茶を持ってきた時間を聞く必要がありそうだ。

 他に気になるところが無いか調べてみると、湯呑みの異変に気付いた。


(ん、これは……)


 よく見てみると、落ちている湯呑みはこぼれている液体の上に位置していた。

 また、湯呑みは全体が濡れていることにも気づいた。床に浸っている部分が濡れているのはわかるが、何故全体が濡れているのだろうか。


(これも、調べてもらおう)


 頭部に殴られたような痕があるため、今のところ他殺の可能性が高い。

 式は外部から侵入してきた人物が殺害したのではないかと考えたが、すぐに改めた。

 この部屋にある窓は一つしかなく、その窓は格子がつけられている。目視で確認できる部分では破壊されたような跡はないため、この窓から侵入することはできないだろう。

 となると、他殺だった場合殺害ができるのはこの館にいた人物ということになる。


(犯行時刻前後にこの館にいた人たちを調べる必要があるな)


 現時点でわかることはこれくらいか。

 後は警察が到着するのを待つのみだ。

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