マボロシ

 止まる時間と止まらない時間がある。

 僕の中の時間は止まる、それ以外は止まらない。

 僕自身は何一つ変わらずとも、外の世界は変化し続けている。

 その変化に、ついていけなかった。


 「すぐに病院に来て!」佐奈から突然連絡がきた。

 香帆のそっくりさんに道案内をした日の夜だった。

 事情は全く聴いていなかったが、なにか物凄く嫌な予感がした。急いで向かった。

 そして今日会った彼女はそっくりさんなどではなく、香帆本人だったという事に気付いた。


 病室のベッドに横たわる香帆はやつれている、今日会った彼女とは比べようもないほどに。しかしその耳には、駅で見送ったそっくりさんがつけていたものと全く同じ花形のピアスがついていたのだ。

「君には話すなって、香帆に言われてて…」

 気が動転する僕に、佐奈はその言葉を皮切りに事情を話してくれた。

 そして知った。香帆は重い病を抱えており、高校卒業頃には余命宣告を受けていたと。


 医者に今夜が最後の日になるだろうと告げられ、佐奈は香帆との約束を反故にしてでも僕に真実を話してくれたそうだ。

 佐奈は泣きながら僕に謝っていた。

 このことを話すべきだと思っていたが、本人に口止めされていたために話さずにいた。葛藤していたのだろう。

「なぜもっと早く言ってくれなかったんだ」とは言えなかった。

「本当にごめん…」

 申し訳なさそうに佐奈はうつむいていた。

「いや、いいんだ」

 少し落ち着いて、僕はあることに引っかかった。

 僕は今日、香帆のそっくりさんに会った。

 香帆がいるはずがないと思い込み、いたとしても僕に声をかけるはずがないし駅の場所なんて香帆は知っている、しかも他人のふりまでして話しかける意味なんてない。そう自分に言い聞かせ、あの女性ひとは他人だと思い込んでいた。


 そして今ベッドで眠っている香帆に以前の面影はなく、そもそも歩いて回れるほどの体力はもうない。

 やはりあれが香帆であるはずはない。

 ないのだが……。

 目の前で眠っている香帆がつけているピアスはやはり、今日見たあの花形のピアスだ。

 だとしたら僕が今日あったのは何なのだ。彼女の生霊?それとも本当にただのそっくりさん?

「これ…ね、さっき、君に渡してって、香帆が。書いてすぐに眠っちゃったんだけど」

 考え込む僕に、佐奈は一枚のメモを渡した。


『高校生の頃みたいで、楽しかったよ』


 佐奈は何のことかわからないといった表情だ。

 込み上げてくるものを押さえきれなかった。

 やっぱりあれは、香帆だったんだ。


 僕は膝から崩れ落ちた。佐奈も、香帆の家族もいる目の前で無様にも大泣きした。

 まるで小学生みたいに、泣きじゃくった。


 それから間もなく、香帆は息を引き取った。

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