その時
「久しぶり」
そういう母の顔が、前に見た時より少しやつれていた。
「うん」
痩せはしたが、入院しているにしては顔色がいい。
「いい休暇になったんじゃない?」
母は過労と重めの風邪が原因で入院している。
命に別条はなく、明日には退院できるそうだ。
「父さんはどうだった?」
どこか嬉し気な顔で、母は尋ねる。
「昨日久しぶりに会ってびっくりしたよ。まさかあの人が家事をしてるなんて」
父はいわゆる亭主関白な人で、家事は女の仕事だと言って母に手を貸すことは一切しなかった。
それが帰省してみれば人が変わったように家事に励んでいるのだから、驚かないほうがどうかしている。
「面白いわよね。二十年以上一緒にいるけど、こんなのはじめてよ」
母は心から喜んでいるみたいだ。
「よくあんなのと二十年も一緒にいられたね」
母には見透かされているだろうが、僕は父が嫌いだった。
父親だからという理由だけで威張っているあの人が、嫌いだった。
「父さんに向かってあんなのなんて言わないの」
母さんは呆れたように笑った。
「…別れようとは思わなかったの?」
「思わなかったよ」
母は即答した。意外だった。
いやいやながら父に付き添ってきたと思っていたから。
「根が易しいっていうのは、お見合いの時から分かってたから」
「……」
結局母がどうして父と別れなかったのか、一緒にいたいと思ったのかを、僕は理解できなかった。
「あなたもその時が来れば解るわよ」
「きっと来ないよ」その言葉を僕はのみ込んだ。
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