少しずつ、私が消えていく

朶谷

見慣れた街

 十二月も、もう終わる。冬本番だ。

 大学生活や一人暮らしもこなれてきたと自負しているが、長時間電車に揺られるのはやはり苦痛だ。

 高校生になるまで育ててもらった生まれ故郷には感謝もあるが、そんな電車嫌いもあって帰省するのは気が進まなかった。


 ――いや違うか…。


 見慣れた街の景色に、安心感を覚える。大学での生活が無かったことのように感じる。慌ただしい日々から解放された気分だ。

 まるで昨日までもここで、普通に暮らしていたような。


 …止まる時間と止まらない時間が存在する。


 僕の中の時間は止まる、それ以外の時間は止まらない。簡単だ。


「久しぶりだね、元気にしてた?」

 はらはらと雪が降る中。僕はお世話になった高校の恩師の下を訪ねていた。

「はい。川部かわべ先生も元気そうですね」

 この人は受験勉強で苦労していた僕のことを、よく気にかけてくれた。

 一学年十数人と生徒数が少ないこの学校で、川部先生は生徒たちにとって母親的な、気の許せる先生という立場にいた。

 世話になった先生に挨拶するため母校に来た。

 それは真実だが、それだけがここに来た理由ではなかった。

「僕以外にも誰か来ましたか」

「夏にはけいくんと佐奈ちゃんが一緒に来たかな。冬は君だけかな」

「そうですか」

 取り繕うような笑顔。

 慶と佐奈、この二人は中学からの友達で、今でも連絡を取り合う仲だ。

 夏に二人が母校を尋ねていたことも知っていた。

 僕はといえば今年の夏は忙しく、帰省しなかったため顔を出すことができなかった。

「四人は今も仲良しなんでしょ?」

 四人、という言葉になぜか懐かしさを感じた。

「まあ、ほどほどに」

 笑えているか不安だ。

「そう…。何か困ったことがあったら相談のるからね」

「ありがとうございます」

 それから何を話したのかはよく覚えていない。

「大学どう?」とか「同窓会やるときは呼んでよね」とか、そんな他愛もない話だったはず。


 外の寒さが直に伝わってくる教室。


 床がきしむ音が心地よい廊下。


 そこにいた証が欲しくて、校庭の樹に名前を彫った。


 ここに来ると、いろんなことを思い出す。

 いろんなことを忘れているんだと自覚する。嫌になる。

 ずっと忘れていられれば楽なのに。

 何かを思い出させるのは、学校だけじゃない。

 至るところに僕がいて。存在していた記憶があって。

 学校からの帰り道でさえ思い出で。

 歩くだけで思ってしまう。

 偶然ここで、君に会うんじゃないかって。

「はぁ」

 息が白い。

 顔を上げると、イルミネーションが光っている。

 クリスマスは終わったというのに。

 冬は好きだった。今は……。

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