第4話 遭遇
病院のエントランスから奥にライトを向けると広いホールがあり、さらに奥へと廊下が続いている。突き当たりには階段らしきものが見える。
ホールまで恐る恐る進んでみるとそこも黒い煤で覆われていた。
「椅子がたくさんあるから、たぶん待合室だったんじゃないかな」
宗次郎が、部屋の隅に無造作に積み上げられた長椅子を検めている。
向かって左の壁には曇りガラスが一部嵌っており、ここから薬などを処方したのだろう。割れたガラスから棚が並んだ部屋が見え、床には書類や薬壜が散乱していた。
大地が部屋へと続くドアをガタガタと乱暴に揺すっている。
「チッ、鍵かかってんのか? 力づくでいけそうだが」
「大地、廃墟内のものは壊さないのがルールだ」
「はいはい、わかってますよ」
朽ちゆくものだとしても廃墟内のものは壊さない、持ち帰らない、現状維持がルールだ。不法侵入しているので余計なトラブルを避けるためでもある。大地はすぐに力で押し通ろうするので毎度冷や冷やさせられる。
待合室には他にこれといったものはなかったので、軽く俺がナレーションを入れて先に進むことにした。
奥へ続く廊下沿いには左右に木製の扉がいくつも並んでいる。宗次郎がいくつかのドアを確認した。
「う〜ん、どれも開かないね。窓もないし、中の様子もわかんないや」
「たぶん診察室とかかな、ほら扉に番号が」
よく見ると扉には掠れてはいるが、漢字で数字が書かれていた。
「火事のあった病院ってのは中々絵的にインパクトあるが、もう少し子供の霊に結びつく情報なんかが出てくると盛り上がるんだがな」
地元の者も知らない、子供の霊の目撃談つきの病院が実在し、且つその病院で火災があったというのは動画的には十分インパクトのあるもので、今回はかなり当たりの部類だろう。欲を言えば、大地の言うように因果関係がわかるものがでてくればよりベストだ。
「そうだよね〜。もしかしたら上の階に行けばなにかあるかも?」
宗次郎が天を指差した。
「外から見た感じだとこの病院は3階建みたいだ。行けるところまでいってみようか。2人とも、火事があった建物だし床が抜ける危険もあるから十分注意して」
「俺はお前らよりこういうトコ行ってる回数は多いんだよ。そっちこそ世話かけんじゃねーぞ」
こっちのセリフだよ、と内心毒吐きつつ、悲鳴のように軋む音をたてる階段を慎重に上がった。
2階に辿り着いた俺達はその様相に息を飲んだ。1階の比ではなく、そこは酷い有様だった。
「火元は上の階だったのか」
「これじゃ何にもわかんねーな」
何もかもが黒く爛れ、骨組みが見えしまっており、元の様子が何もわからないといって良い状態だ。建物の原型をかろうじて留めているのが奇跡だろう。
「これはさすがに先に進むのは危ないな」
ライトであちこち照らすが手がかりになりそうなものも見当たらなかった。実質ここで行き止まりだ。
「くそっ、しゃーねぇな」
「大ちゃん、ちょっとホッとしてない?」
「うるせぇ! こんな所で命捨てられるか!」
2人の会話が虚しく反響する。
「残念だけど、ここまでだね。帰ったら図書館でこの辺りの歴史について調べてみよう。もしかしたら何かわかるかも」
「そういうのはお前にまかせる。せっかくだしもうちょっと撮っとくか……」
周りを撮影していた大地が急に動きを止めた。
「おい、宗次郎」
「なに〜?」
「俺の見間違いか? 向こうに人影が見えるんだが」
ぎょっとして宗次郎と俺は奥を見やる。
「んん〜? 僕には見えないけど?」
「ほら! これ見てみろよ!」
そう言って大地は俺たちの方にハンディカムを押しやった。ズーム状態になっており、液晶には確かに白い人影が映っている。
「先客かな?」
宗次郎が液晶に顔を寄せる。
「暗がりでライトも持たず、しかもこんな状態の中でか? 危ねぇだろ」
俺はカメラから目を離し、奥へライトを向けた。人影はゆっくりとこちらへ向かってきているようだった。さらにじっと目をこらして、戦慄した。
「おい……あれが視えるか?」
2人もカメラから視線を奥へ向けた。そして固まった。宗次郎が瞬きを繰り返して言う。
「湊、おかしいな。僕にも視えるんだけど」
それは白衣を着た女性の看護師だった。ゆっくり地をすべるようにこちらに向かってくる。明らかに人の動きではない。外から見えたのは気のせいじゃなかったのか!
「逃げんぞ!!」
大地の焦った大声を合図に、俺達は急いで踵を返した。床が抜ける心配などよそに、もつれあって階下に向かい、廊下と待合室をつききり、玄関のドアへ体当たりする勢いでぶつかった。
「おい! 開かねぇ!」
「落ち着け! 3人で同時に押すんだ!」
声を合わせて思い切り押すが、ドアは外から物凄い力で押されているようにビクともしなかった。
「なんでだよ!」
大地が思いきりドアを殴りつけ、蹴りを入れている。俺もこのありえない状態に半ばパニックになっていた。
「湊……」
だから宗次郎のか細い声にも中々気づかなかった。
「湊! これ……!」
「なんだよ! 今いそがし……」
宗次郎の方を振り返り唖然とした。病院の姿は徐々に変化を遂げているところだった。天井から壁まで黒ずんでいたものが、ペリペリと音を立てながら皮膚をまとうように徐々にかつての姿を取り戻していっている。まるで蝶の脱皮を逆再生で見ているようだと、どこか他人事のように思った。
そこに追い打ちをかけるように、先ほどの看護師が音もなく現れた。大地は床にへたりこみ、宗次郎は俺の後ろにしがみついている。
近くで見ると、看護師の眼球がある場所には先日見た少女のように、ぽっかりと深い闇が穿たれていた。その穴からは、
「涙……?」
黒い涙がとめどなく溢れていた。
気づけば目と鼻の先に看護師がおり、ぶつかると思った瞬間、俺の意識は途切れた。
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