第3話 潜入

 晩飯時のファミレスは家族連れや俺たちのような学生でごったがえしていた。

 目の前にはデミグラスソースのかかったハンバーグと牛ロースステーキが鉄板の上で肉汁を滴らせ、じゅうじゅうと食欲をそそる音を奏でている。無情にもフォークが差し入れられ大地が豪快にかぶりついた。

「はぁ〜! 運動した後の肉は格別だな!」

 隣の宗次郎も、もそもそとハンバーグを咀嚼しながら答える。

「確かに、すごく偶にならこういうのもいいかもね」

 俺の前には氷がしこたま入った水のみ。大地に殴られた頬が腫れてじんじんと痛む。コップを痛む場所に押し当て、不機嫌の極みといった表情で二人を睨みつけた。

「お前ら…食べられない人間を前によくそんな非道な行為ができるな。鬼畜! 人でなし!」

 ちょっと泣けてきたぞ。

「仕方ねぇだろが! ああしなきゃお前そこら辺の崖からダイブしてたかもしれねぇんだぞ」

「大ちゃん、顔が笑ってるよ〜」

 2人とも楽しそうだな、おい。

「はぁ、わかってる、助かったよ。しかし次はもうちょっと手加減してくれ。親になんて言えばいいんだよ」

「適当でいいんだよ、そんなの。うちの親父は骨折って帰っても元気があって結構ってな具合だぜ」

 お前のむちゃくちゃな家と一緒にしないでくれ。

「僕のママだったら卒倒しちゃうかも」

「お前んところは過保護すぎんだよ」

「ん〜過保護というか僕の事が大好きで信頼してくれてるから、放任してるけど過保護というか、なんかうまく言えないや。でないと大ちゃんみたいなのと仲良くするのも許してくれないと思うよ?」

「なんだよそれ、てか後半聞き捨てならねぇぞ!」

 宗次郎も変わってると思うが両親の存在も結構謎だ。というのも宗次郎の家を活動の拠点にしている割に、いつも美人のメイドさんが対応してくれるので宗次郎の家族には未だに会ったことすらない。てかメイドがいる家って何だよ。羨ましいぞ。

「そんなことより〜。ね、湊、やっぱり子供の幽霊視えたの?」

 大地がぎょっとした顔でこちらを見つめてきた。俺は自分が見たものを2人に伝えた。扉を掴んだ無数の小さな手、ワンピースの少女。大地はどんどん青くなり、途中からフォークを手放していた。

 俺は霊が視える、所謂霊感体質というやつだ。視えるだけで漫画のように祓ったりする力はない、本当にただ視えるというだけ。この能力のせいでそれなりに苦労してきている。だからこの事については隠すようにしたし、絶対視えるとさとられないように気をつけて生きてきた。常に緊張していて体調を崩すことも多くなり、人を信用できなくなった。

 けれどこの2人はそんな俺を面白がってつるんでくれている。もちろんそれぞれに目的があるわけで心を許したわけではない。だが2人といる時は肩肘張らずにいられるのも事実だ。

「なるほど、じゃあ情報はガセじゃなかったって事だね。で、いつ行くの?」

「ええ!?」

 大地が大きな声を上げたので後ろのボックス席の子供が覗いてきた。

「ええ、じゃないでしょ。本物だってわかったんだから、今度はいよいよ撮影だよ! だって僕たち神城オカルトトリオじゃん?」

 宗次郎が興味津々といったキラキラした目でこちらを見つめてきた。

「そうだね、来週の週末あたり、いつものように宗次郎の家で勉強合宿って言って集まろうか。暗視機能がついたカメラも手に入ったし夕方に山を登って、暗くなってから侵入…」

「おいおいおい! ちょっと待て! いや、もっと準備とかに時間かけてさ」

「大ちゃん、もう装備は揃えてきたじゃない。大丈夫だよ〜」

「おい湊! お前もパニクってたしよ、もうちょっと落ち着いてからでもいいんじゃねぇのかなぁ」

「いや、突然で驚いただけ。いるってわかったから身構えて行けるし、今度は2人もいるしね」

「夜に行くのは危ねぇんじゃねぇのかな。ほら、ガラスとか危なくね?」

「明るい時にも視えるけど、今回は暗くなる事がトリガーな可能性もあるから。二度手間はゴメンだからね。てかそのために色々揃えてきたんだろ」

「それに明るい場所の心霊スポット凸動画なんて伸びないって。大ちゃん、もう観念しなよ〜」

 大地はうつむいて震えていたが突然フォークを握りしめ残りの冷めたステーキを掻き込み始めた。俺と宗次郎は呆気にとられ顔を見合わせる。メロンジュースを流し込み、コップを机に叩きつけると大地は俺たちを血走った目で見回した。

「俺も男だ、覚悟を決めたぜ。行ってやろうじゃねぇか! だが湊! 俺はお前を助けたんだから何かあったらちゃんと守れよ! 見捨てやがったらただじゃおかねぇからな!」

 大地は下っ端の悪党みたいなセリフを一気にまくしたてた。

「わかったよ。まぁ善処はする」

「大ちゃん、それ死亡フラグじゃない?」

 大地は再び頭を抱え、後ろの席の子供達がクスクスと笑い声を上げた。



「こんばんは、神城オカルトトリオのイナリです。今日は比野山山中にある病院と見られる廃墟に来ています。視聴者さんから情報提供いただいたのですが、建物の歴史などは一切不明、事前の調査では地元の人も存在自体を知らないようでした。一体内部はどうなっているのか、謎を解き明かす手がかりが見つかることを願いつつ、これから潜入調査したいと思います」

 時刻は16時半。辺りは既に夜の帳が降り始めている。今日は前と違い気温はそれほど高くないが、朝からどんよりとした曇り空が広がりじめじめとした梅雨らしい天候だ。登山口の瀬戸商店はシャッターが降りていた。天気のせいで登山客が少なかったのか、早めに店を閉めたのだろうか。

 例の病院前で俺達3人は動画のオープニング撮影を始めた。それぞれ厚手のアウトドアジャージを着込み、足元も登山用のブーツで固めている。それに加え頭には3人異なる動物を象った半面をつけている。俺は狐、大地は狼、宗次郎は猫だ。俺達は未成年で、この活動を周りには秘密にしているため、顔出しはしていない。しかし動画の性質上映らずに進行することが難しいので、撮影の際は面で顔を隠すのだ。もちろん本名も出すわけにはいかないので俺はイナリ、大地はウルフ、宗次郎はネコというハンドルネームで活動しており、面の動物と対応しているというわけだ。しかし大地は撮影係、宗次郎は恥ずかしがってあまり映りたがらないので、俺1人のカットが大半なのだが。

「OK! ちょっとテンション低い気もするが、動画の内容的にまぁこんなもんだろ」

 大地がハンディカムを操作しつつ答えた。宗次郎は相変わらずマイペースに建物の周りをウロウロしている。

「宗次郎! あんまりうろつくなよ! 穴とかあったらどうすんだ」

「大丈夫だよ〜。それよりさ、情報くれた人がなんで病院ってわかったのかなって気になってたんだけど、看板ぽいのがあったよ」

 宗次郎を先頭に病院の玄関に近づいた。先日の事があるので自然と体に力が入る。鉄の門扉はぴったり閉じられており、近くで見ると思った以上に大きく、錆び付いているせいかかなり威圧感がある。病院というより、中に閉じ込めておくような刑務所の扉といった風情だ。 

「ど、どうだ湊。何か視えるか?」

「いや、今は何も」

 ふぅと大地は息をついた。

「ほら、ここ見てよ」

 宗次郎が門横の石造りの柱を指差す。そこにはかろうじて形を保っている木製の板がとりつけられていた。殆ど消えかけており判読が難しいが「病院」の文字がかろうじて読み取れる。

「たぶんこれを見たんだね」

「大地、ここ撮っといて。あと建物周辺のカットも撮っておこう」

「お、おう」

 大地が看板から門扉を撮影し終わると、3人で建物周辺を周ってみる事にした。

「確かに湊の言う通りだな。窓に鉄格子って、ここ本当に病院かよ」

 大地が横に移動しながら建物を撮影している。俺と宗次郎は映り込まないように少し離れて外観を眺めた。

「もしかしたら精神疾患のある人の病院だったのかも」

 宗次郎に話しながらふと目線をあげると、割れた窓にぼんやりと影が見えた。人…?俺達の他にも同じような輩がいるのか?心霊スポット凸なんてしてると同好の士に会うことは少なくない。ただそれがタチの悪い不良や廃墟を寝床にしている浮浪者の場合、少しややこしい事態になる。よく見ようと目をこらしてぎょっとした。

 それは白衣を着た看護師のように見えた。

「湊?」

 声をかけられて我に返った。宗次郎が心配そうにこちらを見ている。

「何か視た?」

 再び目をやるとそこには何もいなかった。

「いや、気のせいかもしれない。面倒だから大地には黙っておいて」

「…うん」

 結局建物周辺には目につくものはなく、玄関は先ほどの鉄の門扉一つだということがわかった。

「よし、じゃあ突入だな」

「おー!」

 俺と宗次郎が気合を入れる側で、大地は無言のまますごい形相で扉を睨みつけている。目からビームでも出すつもりか。

 俺は扉に手をかけて引く。見た目通りかなりの重さがあり僅かに動く程度だ。

「おい、2人とも、手を貸してくれ」

 3人がかりでやっと片方の扉が徐々に動き出した。前回のような無数の手は見えないが、中は真っ暗でうっすらとカビと埃と、どことなく消毒液のような匂いが鼻をついた。

 どうにかやっと1人通れるぐらいの隙間が開く。

「よし大地! 先に入って中から押してくれ」

「ひっ! 俺が最初かよ!」

「いいから早く! この扉めちゃくちゃ重いから長くは開けてられない!」

「ぐっ…! 絶対閉めんなよ!」

 大地がすべりこむ。すぐさま宗次郎、俺がすべりこみ、背後で重く地に響くような大きな音をたてて扉が閉じた。

「よーし、まずは侵入成功だね」

 宗次郎がはしゃいだ様子で声を上げた。日は完全に落ち、月も隠れているのか内部は暗闇が満ちておりぼんやりとした輪郭しかわからない。背負ったリュックから懐中電灯を出した。

「山中だから人に見られる心配はあんまりないと思うけど、必要な時以外は足元だけ照らすようにね」

「は〜い」

 そう言って宗次郎が顔の下からライトを照らして大地の方を振り向いた。

「ぎゃー!!!」

「きゃはは! 大ちゃんびびってる〜」

「っ! てめぇ! ふざけんなよ!」

 こいつら…。

 宗次郎がライトを上に向けたことで壁から天井までの様子が露わになった。しかし、これは…。

「ここで何があったんだ?」

 真っ黒だった。暗いせいではなく、そこかしこが黒ずんでいる。宗次郎が壁を指でこすった。

「これ、煤っぽいね」

「つう事は火事でもあったって事か?」

 大地が困惑しつつ、宗次郎のライトの後を追ってカメラを回している。

 一体この病院で何があったのか。恐ろしい過去と差し迫る驚異について、この時の俺達は知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る