第9話 お客さんだ。それも特別な


○JR秋葉原駅・午前八時

  黒板の共用掲示板に駅員が今日の日付を書く。

  『七月十二日(土)』


○オドバシアキバ・4階テレビ&デッキ売り場・午前十時

  周子、ひとしきり4階を探し回ったあと、営業マンCに尋ねる。

周子「あのう……、店員の安藤さんって方、知りませんか」

営業マンC「安藤? ああ、そうか。貴女は安藤がここの売り場の店員だと思っていたのか。ついてきてください」

   営業マンCの後ろをついていく周子。


○オドバシアキバ・6階エロゲ売り場・午前十時半

   役所、客との会計処理が済んだタイミングを見計らって安藤に近づく。

役所「安藤、お客さんだ。それも特別な」

安藤「?」

   安藤が振り返ると周子がいる。

安藤「ど、どうかしましたか?」

周子「どうかしたじゃないわよ。来週の水曜日まで待てないから来たの」

役所「安藤、事情は琴橋から聞いた。休憩三十分で済まして来い」

   鳥飼の視線を受けて額に汗がにじむ安藤、心の声。

安藤「(絶対、別のことを吹き込まれている予感が……)鳥飼さん。ちょっと別室まで」

周子「ちょっとって、ねえ?」

   安藤と周子、休憩室へ移動する。


○オドバシアキバ・休憩室

  ベンチに周子を座らせ、自販機からお茶の缶を取る安藤。安藤、お茶缶を周子に渡す。

安藤「はい」

周子「ありがとう。貴方はいいの?」

安藤「いえ、それよりも謝りたいことがあります」

周子「?」

   安藤、がばっと周子に平謝り。

安藤「すみません。実はあの留守電はボクの同僚が勝手にやったことなんです!」

   周子、笑い出す。

周子「あはは、知っているわ」

安藤「え?」

周子「電話ごしでも全く声が違うのよ。そんなことより、私はどうして同僚さんがそんなことをしたのかを聞きたいの」

安藤「……」

周子「それとも、その同僚さんに直接聞いたほうがいいのかしら?」

安藤「い、いえ、ちゃんと言います。ボクは、ボクは今まで彼女とか……その……居なかったので、アイツらが気を回しすぎてそれで……」

周子「正直でよろしい!」

安藤「え」

   目を輝かせて、安藤に握手を求める周子。安藤と周子、手をつなぐ。

周子「私と付き合いたいならそう言ってくれればいいのに。改めて、私は鳥飼周子、あなたは?」

安藤「安藤直哉です。よろしく」

  安藤と周子の顔が近づく。恥ずかしがる安藤。

周子「“ナオヤ”っていい名前じゃない……」

安藤「……」

  突然、休憩室のドアが開いて、伊藤が入ってくる。

伊藤「安藤! 彼女が来たって本当か!」

  伊藤、周子と安藤と目があう。

伊藤「あー、スマン。取り込み中だったか」

   伊藤、すごすごと休憩室から出て行く。

周子「あ、そろそろ店が込む時間帯だから、帰るわ」

   周子、飲まなかったお茶缶をバッグに入れて立ち去ろうとする。

安藤「送っていこうか」

周子「大丈夫よ、今度は貴方がウチの店に来て。それにしても“イケメン店員の接客禁止”っておもしろい職場ね」

安藤「うん。じゃあ」

  休憩室から出て行く周子と笑顔で送る安藤。安藤、手元を見ると『トリカイ雑貨店』のチラシを握っていた。

  チラシを開く安藤。


○オドバシアキバ通用門・午前八時四○分

  家電量販店オドバシアキバ裏口にある通用門から入る社員たち。安藤も入っていく。


○オドバシアキバ・ロッカールーム

  社内ロッカーで制服に着替える社員たち。林原、下着姿でロッカー内につるされた日めくりカレンダーを破る。

  日付は『七月十三日(日)』


○オドバシアキバ・6階売り場・午後一時

  子供相手の接客に一段落ついた感じの安藤、伊藤に食事休憩の隠語を出す。

安藤「伊藤さん、一番行ってきます」

伊藤「メシか。一緒に行こうぜ」

安藤「いえ、今回は昨日伊藤さんに邪魔されたアレで……」

  伊藤、小指を突き出す。

伊藤「ああ、コレか。昨日は悪かったな。一時間オーバーしてでも、モノにしてこい」

  安藤、いそいそとロッカー室へ。


○オドバシアキバ通用門・午後一時十分

  私服の安藤、警備員に挨拶して出て行く。

安藤「おつかれでーす」

   JR秋葉原駅前に向かう安藤。


○JR秋葉原駅前・午後一時十分

  安藤、『トリカイ雑貨店』のチラシを見ながら、ある雑居ビルの中に入っていく。


○トリカイ雑貨店・午後一時二○分

  雑居ビル内の雑貨をかきわけて安藤が入っていく。

安藤「ごめんくださーい」

周子「はーい」

  周子、出てくる。安藤に気がついて笑顔になる。

安藤「休憩時間で抜け出してきました。食事に行きませんか?」

周子「あら、ちょうどよかった。お昼に混むピークを過ぎたころだから、ちょっと」

  周子、バイトの売り子に断りを入れる。

周子「ちょっと出てきます。あなたも昼に行くなら閉めましょうか?」

バイトの売り子「いえ、お弁当を持ってきたので大丈夫です」

周子「よろしくお願いね」

  周子、手早く片付けて自分のバッグを持ち出す。

周子「おまたせ~」

  周子、安藤の腕に手を回して雑貨店から出る。



○駅ビル・午後一時三○分

  駅ビルのショーウインドウごしの安藤と周子。ビル内の寿司屋に入る。


○築地すし好店内

   寿司のランチセットを食べる安藤と周子。笑顔の周子に対して緊張する安藤。

周子「お寿司なんて久しぶり。このウニも舌ざわりが~」

安藤「そ、それでつ、つ」

周子「?」

安藤「次のデートの日取りなんですがっ」

周子「今夜でもいいじゃない」

安藤「ええっ!」

周子「ちょうど今日は家が空いているから、チャンスかも知れないわよ」

安藤「家が空いているって、まさか旦那さんがいるとか?」

   周子、思い出したかのように暗い顔になる。

周子「いいえ、三年前に死なれたわ」

安藤「じゃあ、未亡人?」

周子「……。そうね、そうなるわね」

安藤「お、思い出させてしまったようで、ごめんなさい」

周子「いえ、貴方のせいじゃないわ。それより今夜は何時から空いているの?」

安藤「七時から遅番と交代します」

周子「じゃあ、八時は、どう?」

安藤「はい!」

   笑顔を取り戻す周子と安藤。


○秋葉原上空・午後七時

  上空からの秋葉原の夜の眺め。


○高層マンション一階・午後七時半

  エレベーターで一階に下りてくる背広姿の安藤。エントランスに置かれた長椅子に座る老夫婦(幸太&キク)が声をかけてくる。

幸太「こんばんは。晩御飯は久しぶりに一緒にどうだね」

   幸太老人、御猪口を口に持って酒を飲むしぐさ。

安藤「すみません。今夜は先約があります」

   エントランスの外で待っている周子を見つけて手を振る安藤。手を振る周子。

キク「明日でもいいから紹介してね」

安藤「はい!」

   安藤、エントランスを出て周子と歩き出す。見守る山田夫妻。

幸太「おおっ、遂にアイツは今夜男になるぞ」

キク「明日はお赤飯かしら?」

幸太「そういや、今日はアイツの……」

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