第5話 職場で童貞であることがバレる

○秋葉原上空・午前二時~午前六時

   上空からの秋葉原の眺め。時間が瞬時に経過して朝日が昇る。


○最上階、安藤の部屋・午前七時

ベッドルームの脇にある目覚まし時計が鳴る。手が伸びて時計の上のスイッチが押されて止まる。

しばらくして安藤、がばと跳ね起きる。

安藤「今日はボクが朝礼担当だった!」


○オドバシアキバ・6階玩具・ゲーム売り場

三列に整列する社員たち。安藤、ボード片手に社員たちに向く。安藤の隣にフロアリーダーの田村。

安藤、欠伸をかみ殺すように、

安藤「七月十一日、朝礼をはじめまーす。ハイ」

全員「おはようございます」

安藤「おはようございます。連絡事項はありますか?」

   営業マンA、“ハイ”といって手を上げる。安藤“ハイ”と応えて発言許可。

営業マンA「『恐竜ハンター』発売の二日目です。金曜の夜は酔いにまかせたサラリーマンの万引きが発生しやすいので、内線一番放送と声掛けの徹底をお願いします」

   役所、“ハイ”といって手を上げる。安藤“ハイ”と発言許可。

役所「『イレプイ3』のアペンドディスク『イレプイ・プラプラ』が本日発売です。ナンバリングタイトルではありませんが、エロゲコーナーの午前レジヘルプをお願いします」

安藤「レ……、レジヘルプはボクと伊藤さんが当たります」

   列の中でクスクスと笑い声。異変に気が付くが無視する安藤。

安藤「他、ありますか?」

   琴橋が背伸びをするようにおもいっきり、手を挙げる。

琴橋「ハイッ!」

   安藤“ハイ”と応えて発言許可。

琴橋「昨日、『恐竜ハンター』のテストプレイ中での話ですが……、判明したバグがあります!」

   ぎくりとする安藤、琴橋、満面の笑みで

琴橋「安藤さんは童貞でした!」

一同「ぎゃはははははは!」

   安藤以外の場内爆笑。上司の田村まで笑い出し、安藤うろたえながらも、声を絞り出す。

安藤「ぎょっ、業務に関係のない報告は、ぺっ、ペナルティがつきますよっ!」

   田村、パンパンと手を叩く。

田村「はいはい、静かに。朝礼を続けますよ。安藤さんも冷静に」

   傷心の安藤、なんとか進行させようとする。

安藤「ほ、他のがなければ、接客六大用語のご唱和をお願い致します」

   カメラ、社員(販売員)たちを映しながら。

安藤「(大声で)オドバシアキバ、接客六大用語、しょーわー! (ひと呼吸おいて)おはようございます」

全員「(大声で)おはようございます」

安藤「いらっしゃいませ」

全員「(大声で)いらっしゃいませ」

安藤「かしこまりました」

全員「(大声で)かしこまりました」

安藤「少々お待ちください」

全員「(大声で)少々お待ちください」

安藤「お待たせいたしました」

全員「(大声で)お待たせいたしました」

安藤「ありがとうございました」

全員「(大声で)ありがとうございました」

   カメラ、ホッとした安藤と田村のアップ。

安藤「はい。ご協力ありがとうございます。続いて田村フロアリーダーからのお言葉、お願いします」

田村「はい。みなさん。おはようございます」

全員「(大声で)おはようございます」

田村「突然ですが問題です。オドバシのチェーン店で、この秋葉原だけ多いお客様がいます。それはナニでしょう?」

   場内ざわつく。田村、安藤の肩にそっと手を乗せて語り始める。安藤、顔が汗まみれになっている。

田村「それは『童貞』です。『童貞』はギャルゲーを好み、エロゲを好み、美少女フィギュアを好みます。渋谷、新宿等の他の店舗では見られないラインナップを用意しなければ、この秋葉原で同業他社に勝てません。安藤さんは『童貞』ですが、彼だからこそ、売れる商材をチャッチして発注できるのです。みなさん、今後は『童貞』をバカにしないように……」

   田村の演説中に男女問わず苦笑する店員たち。安藤、たまらず叫ぶ。

安藤「やめてくれよ!」

   安藤、田村の手をふりほどき逃げようとするが田村は肩と腕をがっしりつかんで引き寄せてささやく。

田村「(小声ですごむ)安藤クン。今日は早退してもかまいません。ただし、朝礼だけはしっかりと終えなさい」

   田村にすごまれて頷く安藤。

安藤「わ、わかりました」

田村「(小声で)朝礼は以上」

安藤「(額から汗をダラダラと流しながら)ちょ、朝礼は以上です。本日もニコニコ接客応対でお、お願いします!」

全員「はい!」

安藤「明日の朝礼担当は林原さんにお願いします」

林原「はい! 担当を承りました!」

安藤「これにて解散。か、開店準備にとりかかってください」

   社員、それぞれの持ち場に散っていく。

   安藤に林原が近づく。安藤、胸の社員  

   票を外してから、社員票とボードを林原に渡す。

安藤「悪いけどコレ(社員票)をロッカーに入れてきてくれ。ちょっと外に出てくる」

安藤、脱兎のごとく下りのエスカレーターに向けて走り出す。

林原「先輩! どこに行くんですかっ!」

安藤を追いかける林原。

安藤「ついてくるなよぉおお!」

   下りのエスカレーターを走る安藤と追う林原。

林原「レジは? レジヘルプはどうするんですか!」

安藤「代わりにやってくれ!」

林原「えっ、あのレジは『イケメン禁止』じゃないですか!」

   エロゲコーナーのレジ入り口のカット赤文字で『ここより先、イケメン店員の接客禁止!』

   走る安藤のアップ。

安藤「もうヤダ! こんな職場!」

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