雨粒
雨粒が落ちてくるのを眺める。
急な雨に出くわして、雨宿りをするはめになった。
早く家に帰って寝たい。今日は疲れたから。でも、今はこの場所から動けない。傘を持ってこなかった数時間前の自分を恨む。
何も考えないと,雨粒は連なって見える。だけど、意識して見てあげると連なった雨は単体の雨粒に姿を変え、一粒一粒が存在感を放ち出す。それぞれが生き生きと自分を主張し始めて、油断をすると僕の頬にも確かな重みを持ってぶつかってくる。
「はぁ」
思わずため息が出た。
この雨粒達は、誰かが意識して注目してあげないと存在感を放つことが出来ない。今、この場では僕がちゃんと見てあげないと雨粒達は生き生きと自分を主張出来ない。僕がこの瞬間、雨粒達への注目を止めてしまうと、他には誰もこの雨粒達を見てあげられる人はいなくなる。その時、雨粒達は存在感を失う。
雨粒の寿命は短い。空から落ちて来て、何かにぶつかるまでのわずかな時間しかない。そのわずかな時間で誰にも見てもらえなかったら、その雨粒は生まれてから一度も存在感を出すことなくこの世から消えてしまう。
それは、この世に存在したと言えるのだろうか?
僕はそこで考えるのを止めて、雨粒を眺めることに集中する。雨粒の一粒一粒に存在感を込められたら良いなと思いながら。
そうやってしばらく雨粒を眺めていてふと思った。
はたして、この雨粒達は自分が存在感を放てなかったことを悲しいと考えるのだろうか。この世に存在した証を誰も見ていないことを、それを残念なことと思い,悔いを残すのだろうか。逆に運良く存在感を放てたら嬉しいと思うのだろうか。
右手の甲に大きな雨粒が当たった。その雨粒を見ようとした時にはもう遅くて、すでに雨粒は壊れその他大勢の水と一緒になって分からなくなった。
「お前は幸せだったのか?」
僕が問いかけても返事は無い。
たぶん、雨粒達は何も考えていない。
この世に存在しようがしまいが、そんなことは気にしてもいない。
ただ生まれて、ただ消える。それだけだ。
僕はどうだろう?
僕は。
どうやら僕はそうでは無いらしい。
「まぁなぁ……」
僕は前髪を伝って目元にまで流れて来た水滴を拭う。
「それは僕の力ではどうしようもないことなんだよなぁ」
そう独り言を言った。
今の言葉を僕は誰に聞いてもらいたかったのだろう。どうせ誰にも聞いてもらえないのに。
「さて」
地面に置いていたリュックサックを担いだ。このリュックサックの中にはね。あっ、でも、言う必要は無いかな。誰も聞いていないのだから。
「そろそろ行くとするか」
僕は、雨宿りを止め、雨が降りしきる夜の街に一歩を踏み出そうとした。
「いやぁ、すごい雨ですよね」
「えっ?」
声のした方向にはスーツをずぶ濡れにしたサラリーマンがいた。タオルで濡れた頭を拭きながらこちらを見ている。
なんだ。
ここには僕以外にも誰かいたのか。
「そうですね」
僕はそのサラリーマンに笑顔で答えて、雨宿りに戻ることにした。
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