上演中

【場面46――寝室の独言】


 夜。タデウシュの寝室。

 ふ、――と読書灯が花開くように灯る。寝台の周囲が明るくなる。

 寝巻姿のタデウシュはすこし青ざめた顔で登場して、


 タデウシュ その後の市街者の行方を知る者は第二管理局に申請する必要があるが、13角形の瓦斯が市街を演出する条件として純銀製の雨が倒立する可能性を否定できないと証言した人物が現市長であったか、はたまた前市長であったか――いずれにせよ疑問符税の徴収が市民の午睡権を侵害することは間違いないのだから、規制委員会が降水確率について活発に議論していることに我々はひかえめな喜びを分かち合うべきであると主張するのは大きな誤りであって、3と5だけで構成された王立図書館の建築技法を拡大解釈することには、より一層の注意を払うべきと言えなくもないではないか……? 実際にその疑念を抱いて司書室の再調査に乗り出した結果、あの紡錘形の窓に重大な瑕疵を発見したのが何の変哲もない一介の行政書士だったことを今ここで改めて指摘するまでもないことは言を俟たず、むしろ暗喩の多用が恒星間の隔たりに甚大な影響を与えることに配慮せずに自由な発言をするためには婦人参政権に断固反対の意思を表明する以外に道はないと断言するための必要条件として挙げられるのが、第一に感傷が誘蛾灯に引火して爆発するという革新的な研究結果をまとめた学術論文をヴィリユ誌上に発表するかもしれないと示唆したとも解釈できる奇妙な夢を見たのが昨夜ではなかったと証明する協会側の提議を論ずる際に不可欠な記譜法の研究が頓挫した原因のひとつとして水道料金の値上げを数えることは善良な市民としては当然の見解であると主張したことを称賛すべき学術的功績として哲学博士の学位授与を期待するようなことは愚の骨頂と言わざるを得ないのであるから、このような傾向にある者に監査を委任してみると驚くべきことにそれが皮肉にも労働者階級の英雄であったとの内部告発が微分されたので行政訴訟にまで発展したのは、その要因が忘れもしない先月上旬の聖餐会のときに起きた螺旋階段の陥落事故に関する不透明な見積書にあればこそ愈々これと密接な関係にあると思われる中央郵便局との癒着を疑うのは至極自然であって、現に当局は事態を重くみて記者会見を建設しただけでなく動物愛護団体に対して紳士協定を持ちかけたほどであるというから事の重大さは推して知るべし空前絶後の公共事業として後世に語り継がれるであろう悲劇と喜劇両面の要素を境界として同時刻に破綻することを市議会は認めざるを得ないこともまた因果であるなどとは思いもよらず我々は百貨店の横暴を許したために今回の深刻な租税回避を発生させたことを省みるだけでは三面鏡の販売促進に寄与しないことを先月発売されるや否や独逸語圏で爆発的な反響を呼んだアプリオリ散歩手帳に備忘のために克明に記さなればならないだろう……


 独言を終えると、タデウシュは読書灯を消して寝台に入る。

 そして静かに眠り始める。



……実際に、この台本に従って一日が進行したことにあなたは驚愕した。一体この演劇にはどれだけの関係者がいて、何を目的として活動しているのだろうか。それは思いもよらないことだったが、とにかくあなたは本日最後にして本日最長の台詞を話し終え、寝台に入ったのだった。あなたは思った。「私を演じてほしい」というタデウシュ氏の依頼をどうやら誤解していたらしい。それは比喩などではなく、まさしくその言葉どおりの意味だった。一日を終えてようやく気づかされた。『私』を演じる――てっきりタデウシュ氏の代理として何か事務でもやるものとばかり思って、気安く引き受けてしまったが、これから一体どうなるのだろうか。玉突きのように様々な空想が弾けた。

 影武者にでも仕立てられたのか? それにしては自分は、タデウシュ氏に似ても似つかない。影武者――いや、そんな現実的なものではないのだろう。きっと、氏の言葉を借りれば、これはきっと、もっと観念的な問題に違いない。つまり「自分を脱ぎ捨ててどこかへ行く」という氏の言葉のとおりということだ。長期の旅行で私室を開けるとき、なんとなく不安になるものではないか。すっかり旅支度を調えても、何か忘れているような感じがある。そして、旅行から帰ってきて私室を開けたとき、その室からどことなくよそよそしい感じを受けることは珍しくない。自分がいないときの、自分の部屋は空恐ろしい。何かわからないものがそこに先刻まで在ったように思えてならない。それを防ぐためにここで芝居をさせられているのだ、とあなたは考えてみる。

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