開幕

 釈然としない思いであなたは寝台に腰かける。分厚い台本を繰ると、今日一日に予定された場面が次々と目に飛び込んできた。



【場面9――亡妻の私室】


 調律師が鍵盤楽器をしらべている。

 タデウシュ、その傍らに立って、



 タデウシュ 具合はどうだろう。

 調律師   やはり部品を交換した方が手っ取り早いでしょう。

 タデウシュ そこをどうにかしてもらいたい。

 調律師   承知しました。余計に時間をかけなければなりませんが。

 タデウシュ すまないな。

 調律師   いえ。……こちらは奥様の遺品でしたね。

 タデウシュ そうだ。フラウが亡くなってからもう弾く者はいないのでそのままにしていたが、どうも気になるので、また整備する気になった。

 調律師   そういうこともあるでしょう。

 タデウシュ 娘が一人いるが、あれはピアノに親しんでいなくてね。

 調律師   これはピアノではなくハープシコードというのですよ。

 タデウシュ そうだったかな。

 調律師   ところで修理を終えたら試奏して構いませんか。

 タデウシュ ああ好きにするといい。



【場面27――食堂】


 食堂。タデウシュは玉葱を食べている。

 執事が音もなく現れて、


 執事    たった今、電話がございまして、局の者だとか言いましたが、どうも要領を得ません。

 タデウシュ 局とは何のことだ。

 執事    それを何度も訊くのですが、旦那様が御承知の筈だからと急かすばかりで、話が見えませんから取次ぎを断りました。

 タデウシュ 妙な電話だ。

 執事    お食事中に失礼しました。一応、ご報告を。

 タデウシュ ありがとう。そんな電話には出たくない。

 執事    ただ妙なことを言うので閉口しました。

 タデウシュ どうしたと言うんだ。

 執事    何か急な話であるらしく、しきりに残念がっているのでございます。こういうわけで連絡が遅れましたが、もうどうなるものでもありませんし、何を今さらと仰有るのは重々承知しているのですけれども、とにかく手続きを至急にという話でした。

 タデウシュ 何だそれは。

 執事    すべてあちらの都合で話しているようでした。

 タデウシュ わけがわからん。

 執事    おかしなことです。

 タデウシュ かけ間違えたのかもしれない。

 執事    いえタデウシュ様はおいでですかと言っておりましたから。

 タデウシュ ふん。あまりいい気持はしないな。

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